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『コルトM1851 残月』(月村了衛) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 「憎しみを込めて撃て。憎しみのない弾など当たりはしない。当たらなければ己が殺られる。殺られたくなければ憎め。お前なら憎める。敵を、人を、世の中のすべてを」(単行本p.62)

 『機龍警察』シリーズを始めとして、『一刀流無想剣 斬』や『黒警』など痛快娯楽小説を次々に書き下ろしている著者による時代劇。単行本(講談社)出版は、2013年11月です。

 日本の時代劇には、なぜ大規模な銃撃戦が登場しないのか。そんな不満を持っている時代劇ファンも多いのではないでしょうか。

 例えば、丸腰で悪漢に囲まれた絶体絶命の主人公。もはやこれまでか、というところで、相棒が拳銃を投げてよこす、と、次の瞬間、目にも止まらぬ旋回早撃ちで前後左右の敵が全員撃ち殺されるとか。時代劇にそういうシーンが登場したら、さぞや爽快だろうな、と。

 あるいは、揺れる船上での決闘(しかも二人を相手に)とか、六連発レボルバーたった一丁だけで十人の敵と渡り合うとか、暗闇のなか物音だけをたよりに多数の敵と撃ち合うとか、至近距離での刀と銃の対決とか、両手に構えた二丁拳銃で左右から襲ってきた悪漢を同時に倒すとか。

 そんでもってクライマックスは、惚れた女を救う、ただそのためだけに、何十人ものガンマンが厳重に守りを固めている敵の砦に、愛用のコルトを手にした主人公がたった一人で殴り込みをかけ、壮絶な銃撃戦を繰り広げた末、最後は因縁の対決に、なーんてのが最高なのに・・・。

 そんな方に朗報です。本書は、前述したシーンがすべて登場する時代劇なのです。

 それじゃ時代劇にならないだろう、雰囲気ぶち壊しだろう、などと思うなかれ。なにしろ著者は、重厚な警察小説に戦闘機動メカを無理なく登場させた『機龍警察』シリーズの月村了衛さん。本書でも、時代劇と西部劇を見事に融合させてみせます。

 ときは江戸時代後期。主人公は、日本橋の廻船問屋の番頭、「残月」の二つ名を持つ郎次。実直な商人という表の顔とは別に、彼の正体は抜け荷(密貿易)を仕切る裏社会の大物。逆らう相手は容赦なく消してしまう冷酷な男として恐れられていた。

 だが、跡目を競うライバルの策略によって朗次は窮地に立たされ、ついには命を狙われるはめに。今や手下も仲間もなく、ただ一人、犯罪組織を敵に回した郎次、いや「残月」。彼に残されたのは、懐に隠し持った一丁のコルトだけだった。

 「月光の下で朗次が正面から浪人の方に向き直った。それに応じて浪人が足を踏み出そうとした刹那。 朗次が懐から手を引き抜いた。 破裂音が轟き、一瞬の光が閃いた。同時に浪人が胸から血を噴いてのけ反り倒れる。(中略)海軍仕様口径コルト回転式ベルトピストル。のちの通称をコルトM1851ネイビー」(単行本p.6、11)

 裏社会との凄絶な死闘、そして朗次の血塗られた過去が交互に語られ、次第に物語はヒートアップしてゆきます。最後の決着に向けて。

 「それも運命という奴だ。知ったことではない。どうしようもない生まれの差。世間とはそれが厳然としてある場所だ。 だがやってやる。世間に、運命に、祝屋の仕事に水を差してやる。 仏心の持ち合わせなどもとよりない。あったとしても、遠い昔に失った。身延屋での----生まれた家での最後の夜に」(単行本p.181)

 「自分のコルトには全弾装填してある。殺した男から奪った銃にも。男の持っていた予備の残りがあと五発。それが今の自分の持つすべてだ。これで何もかも取り返す。失われた、すべて。あったはずのもの、すべて」(単行本p.284)

 「残月はあたしが消させるもんか」(単行本p.307)

 絶望的な火力の差を知りながら、あえて死地に向かう残月。闇を飛び交う銃弾。噴き上がる血しぶき。撃ち殺された死体の山を乗り越え、敵を追い詰める残月。二つの銃口が交差したそのとき。「銃声は一つに聞こえた。発砲はほぼ同時。硝煙の立ち込める中、崩れ落ちたのは」(単行本p.310)。

 というわけで、定型をこれでもかとばかりに詰め込んでありますが、これがもう痛快無比のひとこと。『暗黒市場』や『黒警』のノリで展開する、西部劇+時代劇。とにかく理屈抜きに楽しめる娯楽小説を求めている方にお勧めします。


タグ:月村了衛
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