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『know』(野崎まど) [読書(SF)]

 「私達の脳は想像力に長ける。だからこの世界で“正解”を求めるなら、脳に世界のありったけの情報を注ぐべきだ。可能な限り“全知”を目指すべきだ」(Kindle版No.2420)

 IoT(インターネット・オブ・シングズ)技術が発達し、物理環境がそのままネットにつながる超高度情報化社会。エリート情報官僚である語り手は、恩師から一人の少女を託される。彼女は「全てを知る者」だった・・・。全知をめぐる思弁的SF長篇の電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。文庫版(早川書房)出版は2013年07月、Kindle版出版は2013年09月です。

 「僕は誤解していた。いや知ってはいたはずだ。だけど理解していなかった。クラス9の量子葉の力。セキュリティホールを利用できることも、あくまでその性能の副産物でしかなかったのだ」(Kindle版No.2113)

 その驚異的な情報処理能力をもって、森羅万象すべてを計算で把握する少女。彼女を保護するはめになった情報庁のエリート官僚は、その想像を絶する力に振り回されることに。一方、彼女の持つ能力を狙って、強大な敵が動き出す。逃避行を続ける二人を待つ運命は。そして少女が求める究極の真理とは。

 「魔法でも、偶然でもありません。要素が揃っていて、時間をかければ、誰にでもできる処理なんです」(Kindle版No.2673)

 宇宙を構成するあらゆる素粒子の状態を完全に知ることが出来るなら、未来のすべてを計算できるのではないか。「ラプラスの魔」と呼ばれる思考実験は、多くのSFに影響を与えてきました。

 アリシア人やハリ・セルダンが活躍する古典から、テッド・チャンの短篇、最近では高野和明さんのベストセラー長編でも部分的に使われていましたし、さらにはこのアイデアを徹底的にからかった伴名練さんの短篇に至るまで、様々な形で書かれてきた「森羅万象すべてを計算し把握することで未来を見通す力」。

 でも、その描かれ方には、実は個人的に不満があったのですね。

 というのも、計算能力の方は、まあ「異星人だから」「超天才だから」「新人類だから」「美少女だから」といった納得するしかない説明がつけられているのに対して、肝心の「森羅万象の現在の状態をどうやって知るのか」という点については、たいてい曖昧なままなのです。

 ここが曖昧である限り、計算だラプラスだといっても、結局は予知、魔法の類と同じことになってしまい、SFとしては不満が残るのです。あくまで個人の感想です。

 さて、そんな不満に応えてくれた、「全知」テーマSFの最新作が本書です。

 ポイントになるのは、様々な物品やセンサをネットに接続して、周囲の状態を通知し合ったり、あるいは互いに制御できるようにするという、IoT(インターネット・オブ・シングズ)なる最近流行のビジョン。

 このIoTを大胆に押し進め、各種センサ等の機能を微粒子サイズの結晶スマートデバイスとして大量に埋め込んだ「情報材」で構築された都市(具体的には京都)、物理世界の状態がほぼすべてネットからアクセスできるようになった未来を想定することで、「森羅万象の現在の状態をどうやって知るのか」という疑問に、地域限定ながら、それなりに納得できる回答を与えてくれました。

 超絶計算能力の方は「天才が開発した量子コンピュータだから」、「クラス9の電子葉に最適化された脳だから」などと、雰囲気だけで押し通してしまうんですが、まあそれはそれでいいんじゃないでしょうか。

 気になるストーリー展開ですが、天才美少女に振り回される前半は伴名練、ある種の「対決」に持ち込む後半はテッド・チャン、とまあそんな感じでしょうか。アニメ的な派手な演出や、泣かせもたっぷり。

 ラスト近くで「全知者が最後に知ろうとする究極の真理とは」というテーマがクローズアップされ、それがメロドラマにストレートにつながってゆくところが読み所です。

 というわけで、IoT、ビッグデータ解析、スマートエージェントといったIT技術が発達した未来社会を描いた本格SFとしても、「全知」をめぐる思弁的SFとしても、戦闘美少女ものとして読んでも、どんな読み方をしても楽しめるよう周到に練られた作品。SF好きなら要チェックでしょう。


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