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『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』(イーサン・ウォッターズ) [読書(教養)]

 「グローバル化が速度を増して進むなかで、何かが変わってしまった。かつて異文化の狂気の概念に見られた多様性は、急速に姿を消しはじめた。アメリカで認識されて社会に広められたいくつかの精神疾患----うつ、PTSD、拒食症など----は、今や文化の壁を越えて世界中へ伝染病のように広がっている」(単行本p.8)

 精神医療のグローバル化は、世界に何をもたらしたのか。アメリカの精神医学が異なる文化圏で引き起こしている深刻な問題に焦点を当てた衝撃の一冊。単行本(紀伊國屋書店)出版は、2013年07月です。

 「他国の文化に及ぼしている厄介な影響の象徴はマクドナルドではなく、人の心に対する見方を均質化させようとする潮流であるということだ。我々アメリカ人は、世界における人間の心についての理解の仕方をアメリカ流にしようという壮大な陰謀に加担しているのだ」(単行本p.6)

 アメリカ人によるアメリカ人のための精神医療が世界標準となり、その診断基準と療法が、歴史や文化の違いを無視して地球全域に広げられた結果、各地で新たな精神疾患が作られ、治癒を阻害し、コミュニティを破壊している・・・。本書はこのような憂慮すべき「精神医学のグローバル化」の弊害を、四つの事例を通して明らかにしてゆきます。

 最初の「第一章 香港で大流行する拒食症」では、中国返還が近づいた香港で、それまでほとんど症例がなかった新型の拒食症が爆発的に広がった背景を探ります。

 「医師は異例の事態に遭遇した。 短期間で香港の拒食症の姿が変わってしまったのだ。香港の患者特有の症候群は姿を消しはじめ、かつては香港で珍しかった病気が、アメリカ版拒食症に席巻された」(単行本p.18)

 「初期の患者にみられた病態は、その文化的な要点、すなわち内面の痛みを伝える力を失ってしまった。欧米の診断基準の輸入によって、医者や患者が以前と違った形で病気について話すようになっただけでなく----病気の体験自体が変わってしまったのである」(単行本p.62)

 精神疾患はその地域の文化や社会システムと強く結びついたもので、普遍的なものではない。その事実を無視して導入された「アメリカ精神医学」が、まるで住民が免疫を持っていない疫病が上陸したかのように新たな精神病を生み出してゆく様には、戦慄を覚えます。

 続く「第二章 スリランカを襲った津波とPTSD」では、この問題がさらに大規模に積極的に押し進められた事例を取り上げます。大津波の後、大量のカウンセラーがスリランカに押し寄せたのです。

 「アメリカ人は、PTSDがどこの文化圏でも便利に使える診断なのか、という疑問を持たずに、大挙してトラウマを負った人々の心の傷の治療を支援しようとする。 異なる文化圏では、トラウマになるような出来事への心の反応の仕方が根本的に違うかもしれないという考えは、アメリカ人には理解しがたいのだ」(単行本p.87)

 「欧米の専門家が何度も繰り返す、スリランカ人はカウンセリングに必要な技術を有していないという見方は、スリランカ人がずっと信じてきた文化的伝統や信念や儀式をただ無視しているだけに思えた」(単行本p.110)

 「一年後に測定すると、デブリーフィングを受けた人のほうがなんの支援も受けなかった人よりもPTSDの診断に当てはまり、敵意を示したり、不安感や抑うつ感があったり、生活の満足度も低かった。つまり、早期の介入が心の自然な治癒プロセスを妨げたといえる。 早期介入は時に、被害者が特定の症状を経験するように方向づけてしまっているのだ」(単行本p.144)

 「第三章 変わりゆくザンジバルの統合失調症」では、アフリカ東海岸地域における統合失調症の「悪化」を引き起こしているものについて取り上げます。

 「地球上いたるところに統合失調症らしき症状があるが、そこには純粋に遺伝的または生物学的なもの以外の何かがこの病気を引き起こすと考えるに足るだけの多様性が見られるのだ」(単行本p.163)

 しかし、アメリカ流の精神医学においては、統合失調症は脳の機能障害であり、文化や社会とは無関係な生化学的・遺伝的な疾患だという前提で、投薬治療を進めます。結果はどうでしょうか。

 「同研究における2年と5年の追跡調査には、世界中の12ヶ所で10ヶ国の都市部および地方に住む1000人以上の統合失調症患者が参加し、結果として(中略)先進国の患者の40パーセント以上が、時間の経過とともに「重症である」とされたのに対し、発展途上国では24パーセントに留まった。 以上の結果は比較文化精神医学の分野では有名な知見であり、物議を醸してきた」(単行本p.166)

 「研究者は、衝撃的な関連性を見出した。精神疾患に関して生物医学的で遺伝的な説明を受け入れている人は、患者との接触を望まず、彼らを危険で予測不可能だとみなす率が一番高いことがわかったのだ。(中略)驚くべきことに、精神疾患を脳内の生化学的な変化だとする考え方が、患者に汚名を着せるという事実が示されてきたにもかかわらず、欧米の専門家はこれを40年以上も精力的に広めつづけている」(単行本p.208、210)

 そしていよいよ「第四章 メガマーケット化する日本のうつ病」では、製薬会社による大規模キャンペーンにより、日本で「うつ病」が爆発的に広まったという経緯が詳しく紹介されます。

 「「うつ病」は珍しい病気だとみなされていたのだ。 パキシルを日本でヒットさせるためには、「うつ病」と診断された患者向けの小さな市場だけでは不十分であり、根本的なレベルで、悲しみや抑うつ感に関する日本人の考え方に影響を与えなければならない。つまるところ製薬会社の面々は、病気を日本に売りこむ方法を求めていたのだ」(単行本p.231)

 「アメリカの臨床試験の根幹を支える科学は確固たるものであり、日本人がやろうとしているものより優れているはずだ、というのがその前提となっていた。新薬の再試験をしなければならないことに対する苛立ちが激しいのも当然で、日本でのSSRIの臨床試験はいくつかやってみてどれも好ましい結果が出ていなかった」(単行本p.265)

 「SSRIに関して最も影響力のある研究論文の多くが、著名な研究者が書いたように見せかけて、実際は製薬会社の雇った民間会社のゴーストライターの手によるものであることが発覚するまでのことだった。のちに、多くの研究者が何十万ドルもの(特には何百万ドルもの)顧問料や講演料を受けとる代わりに、効果検証したように装って、否定的なデータを隠したり、捏造したりしていることも知られるところとなった」(単行本p.278)

 「初期の草稿では、重大な副作用(入院や自殺企図など)がプラセボを飲んだ10代よりも、パキシルを飲んだほうで2倍以上高い傾向にあり、さらにパキシルを飲んだ患者のほうが、神経系に重度でしかも往々にして正常な機能を損なわせる問題が生じる傾向が4倍も高かった。にもかかわらず、出版用に提出された論文の第一稿は、深刻な副作用について触れていなかった」(単行本p.286)

 「SSRIをうつ病の治療薬とするメガマーケティングキャンペーンに感化されてきた日本人は、このお粗末な結果に驚くはずだ。(中略)製薬会社が出資する活動のあと押しを受けながら、情報が文化の境界を越えるとき、商品に関して消費者が思っているような科学的根拠は実はその薬の背後にはない、ということが起こりうる」(単行本p.284)

 パキシル(に代表されるSSRI)の日本におけるメガマーケティングキャンペーンがどのようなものだったか、そしてそれがどのようにして「うつ病」患者の大量発生に成功したのかは、皆様もよくご存じでしょうから、特に引用する必要はないでしょう。

 というわけで、精神医療のグローバル化と、それを後押しする製薬会社が、日本を含む「非アメリカ文化圏」に住む人々に何をするのか、それがどのような結果を招くのかを、具体的な事例を通して見せてくれる驚くべき一冊です。精神医療に興味がある方はもちろん、TPPへの参加が日本の医療にどのような影響を与えるか気になっている方にもお勧めします。

 「阪神大震災後、欧米、特にアメリカが、PTSDやうつ病といった病的な心の状態の科学的理解においてはるかに進んでいるという世論が幅をきかせるようになった。(中略)利益の上がるアメリカ市場は、ほかのすべての市場を計る物差しになっていた。アメリカの文化は最も「進化」しており、我々の仕事は「この進化を加速させる」こと、つまり、他国にも自分たちと同じような道を歩ませることであると、ある役員はアップルバウムに語った」(単行本p.272、274)


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