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『極光星群 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、宮内悠介、上田早夕里) [読書(SF)]

 「大森、日下の両編者が挙げてきた推薦作品を合計すると本書の倍のページ数になる。そこから泣く泣く削って、このページ数に収めたのである。つまり、まったくちがう作品で、もう一冊の傑作選が編めるだけの収穫があったということだ」(文庫版p.9、10)

 恒例の年刊日本SF傑作選、その2012年版です。2012年に発表されたSF短篇から選び抜かれた傑作、さらには第4回創元SF短編賞受賞作も掲載。文庫版(東京創元社)出版は、2013年6月です。

 ばりばりのハードSFからTVアニメ脚本や漫画まで、イキオイに乗っている日本SFの昨年の収穫がずらりと並んでいます。後に「この頃はまさに日本SF夏の時代、だったなあ」と懐古して涙するためにも、今読んでおくべき一冊です。


『星間野球』(宮内悠介)

 「そのような話ばかりを書いていた一時期、「むさくるしい二人が野球盤でムキになる話」を私は書かずにはいられなくなったのでした」[著者のことば](文庫版p.48)

 地球を周回する宇宙ステーションの中で、いい歳したおっさん二人がムキになって野球盤で勝負。カーブだ、シュートだ、消える魔球だ。イカサマは騙された方が悪い。アホーなことを大真面目に書いた、抱腹絶倒のユーモアSF短篇。宮内悠介さんのお笑い短篇は癖になりますほんと。


『氷波』(上田早夕里)

 「仮想の音を聴くだけでなく、氷波の動きを体感したいと言い出した。C環の巨大波で、サーフィンをしてみたいと」(文庫版p.61)

 土星の輪に生じている波打ち現象。波高1600メートルというその超巨大な波の「上」でサーフィンする「感覚」を収録し、仮想現実内で再生する。そんな奇妙なプロジェクトを依頼された、土星の衛星に配備された人工知能だったが・・・。

 土星の輪でサーフィン、という前半の発想だけでも素晴らしいのですが、さらに後半でバイオSF、宇宙開発テーマ、人工知能テーマへとつながってゆきます。様々なアイデアを駆使して人間性とは何かを問う、贅沢なハードSF。


『機巧のイヴ』(乾緑郎)

 「この機巧に命がないというのなら、では命とは何を指すのかと逆に問いたくなるような、妙な気持ちに仁左衛門は囚われた。 人の形に宿った命とは、どこからやってきたものなのか」(文庫版p.113)

 ときは江戸時代。機械仕掛けの達人に、若き侍が依頼する。愛する女とそっくりの機巧を作ってほしい、と。やがて出来上がってきた機巧は、まさに恋人と瓜二つ、生きているとしか思えない出来ばえだったが・・・。

 『未来のイヴ』(ヴィリエ・ド・リラダン)+『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(フィリップ・K・ディック)を、何と時代劇にしてしまうという、ものすごいちからわざ。様式さえ守っていればどんな嘘を書いてもOK、という時代劇の自由度を最大限に活かしたロボットSFミステリ。


『百万本の薔薇』(高野史緒)

 「グルジアに来てから体調がおかしいのは、気分の問題ではないかもしれない。大規模なバラの栽培、バラに含まれているかもしれない未知のアルカロイド、国家単位で取り組むべき課題、放置された研究、試験場をめぐる怪しげな動き・・・・。何かが一つの形に納まった」(文庫版p.196)

 旧ソビエト連邦時代。うだつの上がらなそうな役人がロシアからグルジアに派遣されてくる。植物試験場で何人も変死者が出ているというのだ。単なる偶然か、それとも連続殺人か。捜査を開始した役人は、この地のあちこちに咲いている新種の薔薇に不穏なものを感じるが・・・。

 無意味にプライドが高く、見るもの聞くものなんにでも「バカか」と毒づかずにはいられないロシアの小役人が、奇怪な事件に巻き込まれる話。ミステリとして完結するか、ホラーに向かうか、バイオSFになるか、読んでいる途中で分からなくなってくるところがミソ。旧ソビエト時代の雰囲気が印象的です。


『奴隷』(西崎憲)

 「義母が亡くなって五箇月ほど経った頃、夏のはじめのある日、芙巳子は奴隷を買うことを思いたった」(文庫版p.245)

 姑がいなくなって生活が一段落した婦人が、奴隷を買うことにする。購入手引きやカタログを読んでもよく分からず、彼女は二子玉川にあるスレイブ・サービス・センター(奴隷市場)に買い物に出かけることに。

 どうやら奴隷が普通に売買されているらしい日本を舞台にした一般小説。奴隷制の説明は一切なく、ちょうど「はじめてケータイを買ってみた年配の女性」という感じで人身売買が書かれます。近代文学めいた落ちついた格調高い筆致で、奇妙なことを当然のように書く。個人的に好みの作品。


『内在天文学』(円城塔)

 「星座は、右を向いたり、左を向いたり、好き勝手に振る舞っている。勿論、星がそんな大胆な運動をするはずはないのであって、動いているのは僕らの頭の中身の方に違いない。天体を観測しようとするだけなのに、自分の内面なるものに向き合わなければはじまらない。僕らはそんな面倒な宇宙にいるのだという」(文庫版p.275)

 何だかよく分からないことになってしまった地球で、何だかよく分からないことになった夜空を観測する爺様とリオと僕。内在天文学によって予言された時刻ぴったりに、月が土星の輪に隠されて月食が起きた。「いくらなんでも土星はないだろう」
 論理や奇想と軽やかに戯れるような文体で書かれたボーイ・ミーツ・ガール。いかにも著者らしい手際で読者を翻弄してやまない作品。


『銀河風帆走』(宮西建礼)

 「もしも銀河ジェットの流れから推進力を抽出できれば、速度の壁を突破した、銀河系からの脱出が可能になるのではないか?」(文庫版p.442)

 銀河中心核に存在する超巨大ブラックホール、その降着円盤から吹き出す高エネルギー荷電粒子の流れ。磁気セイルを展開してこの銀河ジェットに「乗る」ことで、消滅しつつある銀河系から遺伝情報を脱出させる。そのために飛び続ける二体の宇宙探査機が、大きな異変に巻き込まれた。

 第4回創元SF短編賞受賞作。実にストレートで古めかしいハードSF。ドラマの作り方なども含めて、「アイデアだけ見れば堀晃の初期作品と言われても信じてしまいそうな」(日下三蔵)、「小説の出来よりもジャンルに対する忠実度がものさしになった感も」(大森望)、「イーガン以降という視点からするととてもクラシカルだが、そういう安心感も必要であると言われるとそうかも知れない」(円城塔)、そんな作品。

 選者の方々もおっしゃる通り、「色々と言いたいことはあれど、ここまでSF愛があるなら仕方ない」と思わせる力作。次にどんなものを書いてくれるのか、気になります。

 巻末には「第四回創元SF短編賞選考および選評」が掲載されていますが、まだ『原色の想像力3  創元SF短編賞アンソロジー』が出てないため、作品を読めないまま選評だけ読むのはちょっと辛い。早く『原色3』が出てほしいです。選評を読んだ限りでは、妄想アメコミうんちくSFとエアロックSFが楽しみ。

[収録作品]

『星間野球』(宮内悠介)
『氷波』(上田早夕里)
『機巧のイヴ』(乾緑郎)
『群れ』(山口雅也)
『百万本の薔薇』(高野史緒)
『無情のうた 『UN‐GO』第二話 坂口安吾「明治開化安吾捕物帖ああ無情」より』(會川昇)
『とっておきの脇差』(平方イコルスン)
『奴隷』(西崎憲)
『内在天文学』(円城塔)
『ウェイプスウィード』(瀬尾つかさ)
『Wonderful World』(瀬名秀明)
『銀河風帆走』(宮西建礼)


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