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『終点のあの子』(柚木麻子) [読書(小説・詩)]

 「朱里にとっての終点は、向こうにとっては折り返しの始発駅に過ぎない。気づけば、細く消えていく電車を見つめ、無人の駅に独り取り残されている」(Kindle版No.2795)

 ささいなことで傷つく心、傷ついていることに気付いてもらえないときの怒り。思春期女子の激しく揺れ動く心理を丁寧にえがいた連作短篇集。電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(文藝春秋)出版は2010年05月、文庫版出版は2012年04月、Kindle版は2012年11月に出版されています。

 『私にふさわしいホテル』が非常に面白かったので、デビュー作『フォーゲットミー、ノットブルー』を含む最初の単行本を読んでみました。四つの短篇を収録した連作短篇集です。それぞれの話は独立していますが、同じ女子高を舞台としており、それぞれの作品の主役が他の作品では脇役として登場する、というゆるやかなつながりを持っています。

『フォーゲットミー、ノットブルー』

 「彼女につかみかかって顔を殴り、頭を地面に打ちつけてやりたい。心からそう思った。決めつけやがって。自分以外の人間は、いや自分に賛同しない人間はすべて凡庸だと決めつけやがって」(Kindle版No.621)

 他人の顔をうかがわず自由に生きている個性的な転校生。彼女に魅了されて友達になったヒロイン。しかし、その娘が自分のことを「凡庸な、いくじなし」と見なしていることに気付いた彼女は深く傷つき、そして決意する。罰を与えてやる、と。

 クラス中を巻き込んだ陰湿ないじめに走る普通の女子高生をえがいた、少女小説の王道ともいうべき短篇です。他人のことなどろくに見てないのに、他人からどう見られているかには過剰に反応してしまう。繊細で傷つきやすく、爆発すると抑制も何もきかない。そんな思春期女子の地雷心理が痛いほど伝わってきて、読者もやるせない気持ちに。

『甘夏』

 「夏の間に変身しよう。 期末試験の勉強中、奈津子は突然そう決意したのだ。クラスメイトの誰もが経験したことのない大冒険をし、二学期までに大人びた女の子に変身するのだ」(Kindle版No.964)

 自分が凡庸であることに不満を持つヒロインは、夏休みに学校で禁止されているバイトをしようと決意する。彼女にとってそれは「クラスメイトの誰も経験したことのない大冒険」であり、大人への入口でもあった。バイト先でちゃらい大学生からナンパされた彼女は、はじめて男性から口説かれたことに舞い上がるのだが・・・。

 自分が普通だということにコンプレックスを持つ凡庸な女子の成長をえがいた作品。さわやかな少女小説です。

『ふたりでいるのに無言で読書』

 「聞いているうちに、わくわくしてきた。本だらけの家で、ほとんど一人で生活している保田。人の目なんて気にせず、読書をし、猫と遊ぶ。母や姉が常に目を光らせている我が家とは大違いだ」(Kindle版No.1662)

 クラス一番の美人として「華やかグループ」に君臨しているヒロインが、図書館で「黙殺されグループ」の地味女子にばったり出会う。恋愛と化粧とファッションに余念がない彼女は、読書と漫画と猫にしか興味がないオタク女子になぜか惹かれ、友達になるのだが・・・。

 女子高の厳しい身分制度において、最上位カーストと最下位カーストの女子が夏休みのひとときだけ友達になるという、まあファンタジーです。
「やっぱ、スタジオぴえろって偉大だよね。うちのお姉ちゃんも言ってたけど、80年代のアニメって、線に迷いがない。神の領域----」(Kindle版No.1662)なんてセリフが飛び交うシーンも出てきます。

『オイスターベイビー』

 「空気を読め。皆に会わせろ。私たちの気持ちを逆撫でするな。(中略)あの頃は大人になれば、二度とこんな莫迦莫迦しい目には遇わないと思っていた。美大に合格し、絵を描く仲間に囲まれれば、すべてが解決するはずだった」(Kindle版No.2509、2512)

 他人を「凡庸な人間」だと見下すことで必死にプライドを守ってきたヒロイン。だが、自分が何の才能もない凡庸な人間だということを思い知らされ、周囲からは浮いてしまい、さらには恋人にもふられてしまう。どん底に落ち込んだ彼女は、とうとう最後まで自分を見捨てなかった親友までも失いそうに。そのとき彼女の脳裏をよぎったのは、高校時代のあの出来事だった・・・。

 『フォーゲットミー、ノットブルー』で主人公から陰惨ないじめを受けた、あの女の子のその後を描く作品。興奮すると広島弁が出るヤンキー気質の親友がすごく印象的で、松田洋子さんの『ママゴト』と並んで広島弁女子モノの傑作といえるでしょう。

 全体を通して読むと、古き良き少女漫画の香りが随所に漂っており、何だか無性に懐かしい感じがします。まあ悩んでいるだけで何も考えてない思春期男子に比べて、思春期女子の友達づきあいは本当に大変だなあ、と。

[収録作品]

『フォーゲットミー、ノットブルー』
『甘夏』
『ふたりでいるのに無言で読書』
『オイスターベイビー』


タグ:柚木麻子
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