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『日本SF短篇50 (3) 日本SF作家クラブ創立50周年記念アンソロジー』 [読書(SF)]

 「日本SFを支えてきた専門誌の相次ぐ休刊は、日本SFが置かれた厳しい状況を表していた」(文庫版p.523、524)

 日本SF作家クラブ創立50周年記念として出版された日本短篇SFアンソロジー、その第3巻。文庫版(早川書房)出版は、2013年06月です。

 1年1作、各年を代表するSF短篇を選び、著者の重複なく、総計50著者による名作50作を収録する。日本SF作家クラブ創立50年周年記念のアンソロジーです。第3巻に収録されているのは、1983年から1992年までに発表された作品。

 個人的には、それまで無我夢中で「SFなら何でも」読んでいた時期が終わり、そろそろSFとの間に距離も感じるようになっていた時期に相当するため、今になって当時の作品を読み返すと、色々と複雑な思い出が去来する。そんな十篇です。


1983年
『交差点の恋人』(山田正紀)

 「“脳”(ブレイン)はたった一人しか生まれてこなかった。 “脳”は視床下部から航宙刺激ホルモン(FISH)なるものを分泌し、生理的に超光速航行を可能にしたのだ」(文庫版p.12)

 人類絶滅後の遠未来、“鏡人=狂人”(M・M)たちを乗せて背面世界を跳躍する宇宙船に事故が多発。原因を探るため、過去の人物の意識を吸い上げて電磁インパルスとして宇宙船を制御する“脳”へ送り込む計画が実施されたが・・・。

 「他人の夢(潜在意識)に入り込んでトラウマの原因を突き止めて治癒する」というありふれた話を、当時最新だった脳神経医学用語をまき散らしつつ、スタイリッシュにキメてみせた、神獣聖戦シリーズの一篇。今読んでも圧倒的に山田正紀。


1984年
『戦場の夜想曲(ノクターン)』(田中芳樹)

 「わが軍がトライテニア平原の会戦に最終的な勝利をおさめた夜、アルンヘイムは雨だった」(文庫版p.77)

 戦場で少佐が保護した一人の少女。彼女は意志の力だけで他人を殺せる超能力者だった。彼女の目的が復讐にあると気付いたとき、少佐がとった行動とは。銀英伝の著者による、いかにも大時代なドラマ。


1985年
『滅びの風』(栗本薫)

 「自分もあすからは、幽霊をみた人びとの一人となるのだと、リーは思った」(文庫版p.147)

 完璧に調整された未来都市。仕事も家族も充実した日々。それなのに、なぜか終わりのときが近づいているという予感がしてならない主人公。あの頃の「終末感」をストレートに表現した作品。実際に近づいていたのは、世界の終末やら人類滅亡やらといった大仰なものではなく、バブル経済の崩壊でしたが。


1986年
『火星甲殻団』(川又千秋)

 「奪われたものは、取りもどす----
  取りもどせないなら、それに見合う代価を支払わせる----
  それが、“赤い稲妻” ローテ・ブリッツの誓いだった」(文庫版p.183)

 人間と機械が共棲している未来の火星。野盗グループに相棒を殺された機械が復讐を誓う。だがそのためには、腕のたつ男が必要だった。新たな相棒となる戦士が。

 火星をフロンティアに見立てたSF西部劇。後に長編化される断片ですが、今読んでもカッコいい。本書に収録されたのはSFマガジン掲載版で、書籍収録はこれが初めてとのこと。


1987年
『見果てぬ風』(中井紀夫)

 「不意に、テンズリの胸の中に、風が吹き込んできた。世界の果てに吹く荒々しい風であった」(文庫版p.241)

 二枚の巨大な壁にはさまれた世界。一人の男が、その壁が果てるところに吹いているという風を求めて旅に出る。だが世界は彼が思っていたよりもはるかに異様な形をしていた。はたして世界の果てに辿り着くことは出来るのだろうか。

 無限の岩盤の中に穿たれた空間、断崖絶壁の壁面にぶら下がった世界、上下に果てしなく伸びている円柱内部など、奇妙な形状をした世界を舞台としたSFや幻想小説は数多いのですが、本作の渦巻き世界は単純ながらひときわ強い印象を残します。永遠に演奏が続く音楽を扱った『山の上の交響楽』と並ぶ著者の代表作。


1988年
『黄昏郷(おうごんきょう)』(野阿梓)

 「<現実>と拮抗しうる幻想の領土ユマジュニートは、たえざる<現実>の浸透と侵略にさらされてきました」(文庫版p.311)

 集合的無意識と現実との界面(インターフェイス)に立てられた虚構都市ユマジュニートに戦乱がせまる。虚数海、万物虹化(アイリセーション)、地獄の仏たち(ヘルズ・ブッダーズ)など独特の造語が乱舞する幻想ファンタジー。あの頃の少女漫画のイメージを文章に翻訳したような作品です。


1989年
『引綱軽便鉄道』(椎名誠)

 「えー、十三時七分発の地摺り谷経由逆撫鉱泉行きは間もなく出発します。えー、この列車に乗り遅れますと、四日間は後続便がありませんので、どうぞお乗り遅れのありませんようご注意下さい」(文庫版p.318)

 何やら大異変があって人口が激減したらしい近未来。ローカル線の列車に乗った主人公は、とてつもなく変容した自然や恐ろしい幻覚を目撃する。だが、それも田舎ではいつものことだった。

 『アド・バード』や『武装島田倉庫』といった、詳しく説明されないものの何かの異変で自然界が大きく変容している奇怪な世界、通称「シーナ・ワールド」に属する短篇。幻覚シーンの迫力と旅のリアリティが素晴らしい。個人的に好み。


1990年
『ゆっくりと南へ』(草上仁)

 「スロウリイは確かに動く。しかし、ひと月にわずか一センチかそこら、南のほうに這い進むからと言って、それを『動物』と呼ぶことができるだろうか?」(文庫版p.350)

 人間が世代交代している間にも、ゆっくりゆっくり南下を続ける巨大生物スロウリイ。無理に移動させれば死んでしまうという、この奇妙な生物の一体が、たまたま高速道路の建設予定地にいたことから起きるトラブル。野生動物保護か、地域開発か。

 あからさまな寓話ですが、実は時間テーマSF。スロウリイの設定から出てくるハートウォーミングなオチが、いかにも作者らしい。決して流行を追わず、決して古びない草上さんの作品は、スロウリイに似ている気がします。


1991年
『星殺し』(谷甲州)

 「----結局、5000年かけて、ひとつの星を殺しただけか。 それから私は、殺したのではなくて心中だと思い直した。それにしても、最後がこれではいかにも情けない」(文庫版p.427)

 ある未開惑星に干渉し、ひそかに原住民の宇宙開発を推進してきた超知性体。だが、度重なる納期短縮と仕様変更により計画は迷走し、ついに始まる千年紀デスマーチ。ある開発プロジェクトリーダーの5000年かけた失敗プロセスを克明に記し、宇宙開発のロマンを根こそぎにしてしまう特定業種読者大ウケ作品。


1992年
『夢の樹が接げたなら』(森岡浩之)

 「せめて、人類が言語によって進化する日のくることを信じよう。それが人類にとって無条件にいいことなのかどうか、ぼくには判断できない」(文庫版p.514)

 人工言語を脳にインストールすることが流行している近未来。ある研究所が開発した人工言語をインストールした被験者が失踪するという事件が相次ぐ。世界認識を決定的に変えてしまうというその異質言語の正体とは。

 言語は話者の知覚や世界認識を規定する、言語が異なる話者は異なる世界を見ている、という「サピア=ウォーフの仮説」は、学問的には否定されたものの、数多くの言語SFを生み出しました。本作もその典型的なもので、人工言語により認知の劇的な変容が生ずるというアイデアを押し進め、人類進化テーマへとつなげてゆきます。

 全体を通じて、個人的なお気に入りは、『見果てぬ風』(中井紀夫)、『星殺し』(谷甲州)、『引綱軽便鉄道』(椎名誠)です。他に、『火星甲殻団』(川又千秋)と『夢の樹が接げたなら』(森岡浩之)も楽しめました。

[収録作品]

1983年 『交差点の恋人』(山田正紀)
1984年 『戦場の夜想曲(ノクターン)』(田中芳樹)
1985年 『滅びの風』(栗本薫)
1986年 『火星甲殻団』(川又千秋)
1987年 『見果てぬ風』(中井紀夫)
1988年 『黄昏郷(おうごんきょう)』(野阿梓)
1989年 『引綱軽便鉄道』(椎名誠)
1990年 『ゆっくりと南へ』(草上仁)
1991年 『星殺し』(谷甲州)
1992年 『夢の樹が接げたなら』(森岡浩之)


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