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『時計一族』(河野聡子) [読書(小説・詩)]

 「しかたがない。きょうこはうましかの動物なのです。ひろみとゆかりによく言われるのです。このうましかしかうまかもしかももんがもーん。」
  (『このような日は』より)

 世界レコードに発生する鳴り、うなり、名のりを言葉として結晶化させた驚異の詩集。単行本(思潮社)出版は、2007年09月です。

 読後生活に支障をきたすほど素晴らしい『WWW/パンダ・チャント』の著者による他の詩集を読んでみました。

 「このときジェリージェムジャム/この時空に知る者がただひとりもいない/一族の/結晶体の調律は32768ヘルツである/石英結晶に電気的偏極が発生する/圧電結晶体は電界中で変形する」
  (『トムとジェリー』より)

 時計一族が登場します。時計一族はどうも無限次元超空間というところにいるらしいです。

 「存在は世界レコードに発生する鳴り、うなり、名のりであり、無限次元超空間では無数のレコード盤がまわっています。レモンの形をしたレコード盤はけっして重ならない、せっして触れ合わない、全宇宙は鳴り、うなり、名のりの結晶である。振動するクオーツ、盤の回転速度を調整する、32768回の、時計は盤を移動する遊牧の一族である、ひびのあるレコードが、何度もくりかえしています」
  (『マーチ』より)

 「世界レコード盤が自己修正的な回転運動を維持するなか、存在発生の原初の波を誘発するか、超空間ライナウェイを走るかは、サーキットを巡る差異の全変換過程の総体と、システム全体の時間特性によって決定される」
  (『ぶどう畑』より)

 ああ、ハードSFですね。私、こう見えても、ハードSFは得意なんですよ。

 「間抜けな石川にタイムカードをさかさに渡すとさかさに打つ。間抜けな石川にエレキバンを貼ってやるとIDカードは磁気不良になる。間抜けな石川は毎回真面目に腹を立ててすぐに忘れる。間抜けな石川と知り合ってから毎日時間が早く過ぎる」

 石川君が登場します。ちみなに彼の妻はすぐに眠ってしまいます。

 「水原がカツ丼を食べている。水原は玉子とご飯を口に入れる。噛む。噛む。喉が動く。空腹の一口目は何を食べてもうまい。水原はカツを口に入れる。噛む。噛む。噛む。咀嚼する。二口目のカツはなんだろうとうまい。/三口目に水原は漬物を口に入れる。ぽり。ぽり。ぽり。ぽり。水原はニンジンを食べキュウリを食べダイコンを食べダイコンを食べダイコンを食べる。残すならくれませんか」
  (『洪水』より)

 水原さんが登場します。カツ丼を食べています。彼の正体は・・・。

 「水原くんはSEPS(センチメンタル・エモーショナル・パーフェクト・スパイ)だった。/こんな間抜けな肩書きはだれも名刺に刷ることはできない」
  (『時計一族』より)

 水原さんはスパイなのでした。スパイとは何かというと。

 「境界浸透その1「スパイ大作戦」/ 敵の文化や言語に習熟した人員で、民間人を装いながら情報収集活動や特殊な工作活動を行う。工作員はうしろ暗いものを秘めたキャラクターで、超能力的な技能を持ち、秘密が漏れそうになると自爆したりする」
  (『使命ビーム』より)

 あ、この真面目なのか不真面目なのかよく分からない「注釈」は、後に『WWW/パンダ・チャント』でも多用されるアレです。著者はよっぽどこういうのが好きなんでしょうね。

 「水原さんは当初からうしろ暗いものを全身で展開したナルシスティックなキャラクターで超能力的な技能を持っていたが自爆はしなかった」
  (『サン』より)

 つまりそこがスパイとSEPS(センチメンタル・エモーショナル・パーフェクト・スパイ)の違いなんでしょう。

 「里親の息子石川は、スパイのターゲットにもってこいのすばらしい技術者となった、顔を合わせればあいかわらずなかよくケンカした、けれども水原くんには密通と大義の雰囲気がついてまわり、うまれなかったこどもたちの影がつきまとっていた、うしろ暗さはつねに全開。石川の妻との密通にはじまった一連の騒動はあやうく水原くんを失業させるところだった」
  (『時計一族』より)

 え、そういう話なのこれ。

 「百万光年かなたのレモンのかたちのうしろがわで、三次元リアルで立ち上がる名まえも知られぬ星図の果てで、楕円をえがく星でたたかいがあった。おまえの種族の、ちびの双性メイフィーニ(単数)とのっぽの第三性ラティフィニアン(複数)の、最期のセットがいきのびていると」
  (『サン』より)

 いや、ハードSFはもういいから。

 「石英結晶に機械的圧縮または伸張力を加えると電気的偏極が発生し、圧電結晶体を電界中に置くと変形する。これが水晶振動子の原理であり、圧縮と伸張は内部応力を発生させる。水晶振動子は高精度・高安定に周波数を制御し選択するため、水晶時計はこの振動を調速に利用する。振動数は32768/秒である」
  (『種』より)

 いや、解説はもういいから。

 「いいかげんわかりたまえ/おまえは一族のものだ/時空盤は無限回転レコードの存在の軌跡でできているが、時計一族の存在過程は回転速度を調速する/おまえの生はそういうもので選択の余地はない/接触事故を起こさないで安全運転をこころがけたまえ/SEPSとしてうかつなことをするな/密通などもってのほかだ」
  (『時計一族』より)

 そうか、石原は時計一族だったのか。それならつじまじが合う。なるほど。

 「バリンタン・クオーツに時空転移の機能があると知れたのは銀河連盟惑星調査部でも比較的あたらしいことだった。詳細が判明すると結晶は他の星系のヒューマンの強引な引き合いを受けたがラティフィニアンは取引に応じなかった。それどころではなかった。種族内緊張が高まっていた。メイフィーニの絶対数が減っていた。ラティフィニアンの存在意義は曖昧化した」
  (『時計一族』より)

 ついに中核設定が明らかにされ、複数のプロットが合流してゆき、すべての謎が解きあかされたとき、物語は壮大なスティープルドン的(言ってみたかった)展開をへて静謐なラストシーンへと向かう、とかそういうことはまったくないので、変な期待をしないでください。言葉の水晶結晶振動のような詩集です。


タグ:河野聡子
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