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『閉経記』(伊藤比呂美) [読書(随筆)]

 「あたしたちは満身創痍だ。昔からいっしょにやってきた女たちも、新しく知り合った女たちも、みんな血まみれの傷だらけ、子供がいりゃ子供のことで、親がいりゃ親のことで、男がいりゃ男のことで、男がいなきゃいないということで、ぼろぼろになって疲れはてて、それなのに朝が来れば、やおら立ち上がって仕事に出て行く。ふだんは自分が傷ついていることなんか気づいてもない。 女友達に声を届けたい一心で、あたしは書きつづけてきたような気がしておる」(単行本p.201)

 高名な詩人にして赤裸々育児エッセイの先駆者、新聞の人生相談おばさんでもある伊藤比呂美さんが女の(後期)人生を語るエッセイ本。単行本(中央公論新社)出版は、2013年01月です。

 『太平記』と同じく50年をこえる動乱の歴史を描いた軍記物語、たぶん。血もいっぱい流れます。

 「ここは『婦人公論』。男が買って読んでるとは思えない。だから、経血経血経血とへーきで言える。(中略)卵胞ホルモンを飲んでる間は変化はないのに、黄体ホルモンを飲みはじめたら、たちまちオリモノがじゅんっと出た。数日後には、遠くから聞こえてくる戦太鼓、あるいは夕立の前にふっとかぎ取る雨のにおい、そんなざわめく気配を感じとった。ああ知ってるこの感じ、そう思ったときに血が滴った」(単行本p.22、25)

 すいません、単行本になったので男も読んでますけど、ちょっと、ごめんなさいです。

 というわけで、女の人生、女の肉体、女の苦しみと向き合ってきた著者による、高齢生活エッセイです。カリフォルニアと熊本を往復するいっぱいいっぱいの生活。閉経前後の肉体変化、家族のこと。父親の介護、そしてその死。長女の妊娠と出産。ダイエット、エクササイズ。様々な話題が生々しく語られます。

 「男たちはよく似ている。 家庭の中にどんと居て、家族のことなら任せろと言ってるし、家族のことは大好きなのだが、どうも、母やあたしほど、家族のことに夢中にならない。家族という人々の日々のいとなみに、自分の人生をもみくちゃにされる覚悟ができてない。その必要があるとも思ってない」(単行本p.57)

 もちろん女の肉体と人生がメインテーマではあるのですが、伊藤さんの凝り性がよく表れたエッセイも印象的です。こんな感じの記述があちこちに。

 「夢中になった。夢中になったというよりは、はまった。溺れた。抜け出せなくなった。何日も何日も数独しかやってなかった。仕事もメールも滞って、あちこちから苦情が来た。ベッドの中に持ち込んでやっているので、夫からも苦情が来た。 ああ、あたしは何にでも溺れずにはおれない」(単行本p.27)

 「昔から数独をやっておれば、詩なんて書いてなかったろう。カリフォルニアにも移り住んでなかったろう。結婚なんかしなかったろうし、離婚だってしないですんだろうし、今の夫ともいっしょにならずにすんだであろう。子どもだって産んでなかったはずだ。(中略)数独に溺れた生活は、あと数日つづけたら身の破滅というところまで行った」(単行本p.29)

 「ハマるとつっ走るのがあたしである。というわけで、今はエクササイズのことしか考えてない。(中略)ズンバについて書くのは何回めになるか。それほどズンバが、あたしの生活の中心だ。今や、月、火、水、木、土、日、と、週に六日行っている。行かない金曜日はズンバのクラスがない。ありゃ行ってます」(単行本p.74、150)

 「あたしはここ数週間、むちゅうになって塩麴のことを、発酵のことを考えていた。一日じゅう考えていた。夫の味覚なんか脳裏になかった。恋みたいだった」(単行本p.137)

 以前、『漫画がはじまる』という単行本に、「あのハマり方は常軌を逸していました。朝に、晩に、読むといったら『SLUM DUNK』。新装版で二十四冊。それだけを一年間、くりかえし、くりかえし」(単行本p.13)とあって、その執着ぶりに度肝を抜かれたのですが、それはどうやら変わってないようです。

 伊藤比呂美さんの手にかかると、「何かにハマった」という話題ですら、何やら業のようなものを感じさせて、うっかり深淵を覗き込んでしまったかのように思わず身震いが出てしまう。恐ろしい。

 基本的には同年代の女性に向けた一冊ですが、より若い女性が読んでも参考になると思います。伊藤比呂美さんの育児エッセイの読者なら、あのカノコが今や母親になった、ということで読みたいと思うことでしょう。個人的には、『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』や『読み解き「般若心経」』、『女の絶望』といった作品の続篇として読ませて頂きました。

 「あたしはいちいちこのように生きてきたのだ。生皮をめりめりとひきはがして、裏返して、よくふるって、こびりついた業を、煩悩を、きれいさっぱりふるい落としたい欲望に駆られておる」(単行本p.89)


タグ:伊藤比呂美
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