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『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』(万城目学) [読書(小説・詩)]

 「この町には、夫人が生涯はじめて得た夫と友がいた。はじめて得た「マドレーヌ」という自分だけの名前があった。かのこちゃんが設けた期限までの三日間、その三分の二を相変わらず眠りに費やしながら、夫人は真摯に考えた」(Kindle版 No.2063)

 万城目学さんの第四長篇の電子書籍版を、Kindle Paperwhiteという電子書籍リーダーで読みました。新書版(筑摩書房)出版は2010年01月、文庫版(角川書店)出版は2013年01月、Kindle版(角川書店)出版は2013年03月です。

 これまでの作風から推察するに、神戸を舞台にした小説で、鎌倉時代から続いてきた途方もない秘密が明らかになり、主人公が意地をかけて引くに引けない大勝負に挑む、というような話だろうと思ったら、これが全然違いました。

 舞台は、とくに場所が特定されていないある平凡な住宅街。小学生になったばかりの女の子「かのこちゃん」と、その家の飼い犬と同居している猫の「マドレーヌ夫人」、この二人のささやかな物語です。隠された歴史とか、宿命の対決とか、そういうのはありません。

 マドレーヌ夫人(この名前が素晴らしい)は、人語を解したり、文字を読んだり、ときおり尻尾が二股に分かれて人間に化けたりしますが、おおむね普通のアカトラ猫。ただし、彼女には「特定の犬と会話することが出来る」という他の猫にはない特技があり、その犬と夫婦になったことから、仲間の猫たちから「夫人」と呼ばれています。

 「あんなに驚いたことは、これまでもなかったわ。だって、逃げ場もなく観念したところへ、いきなり目の前の犬が言葉を話しだすんですもの」 「僕だって負けていない。雨がやむなり、『お世話さまでした』っていきなり猫がお礼を言うんだから」(Kindle版 No.864)

 どこか落ちついた気品あるマドレーヌ夫人は、空き地で開かれる雌猫集会でも人気者です。

 一方、小学一年生になったかのこちゃんは、学校で「ただ者ではない」女の子に出会います。

 「クラスの女の子は、かのこちゃんのピンクの髪留めゴムを、とても素敵だと褒めてくれるけど、かのこちゃんにしてみれば、そんな髪留めゴムよりも、鼻に親指を突っ込み、残りの指をひらひらさせている女の子のほうがよほど素敵だった」(Kindle版 No.406)

 やがて二人は親友に、二人の言葉でいうと「ふんけーの友」になります。

 かのこちゃんたちの元気溌剌たる幼い友情、マドレーヌ夫人たちの静かな夫婦愛。対照的な二つの愛情が読者の心に響きます。しかし、やがてやってくる別離のとき。

 「ふと静寂が訪れて、二人は無言で見つめ合った。「さらばでござる」 物干しから、すずちゃんは厳かに告げた。 そういえば、お祭りでおとなのお別れしようと約束したことを思い出し、「さらばでござる」 とかのこちゃんも重厚に応じた。(中略)すずちゃんを見上げていると、急に鼻の奥がツンとして、目の下あたりが変にじりじりしてきた」(Kindle版 No.1796)

 「「だって、きみは僕の妻じゃないか」 とどこまでもやさしい口調で、少しだけ笑った。その一瞬だけ、不思議と荒れた呼吸が静かになった。 夫人はもう何も言わなかった。ただ、玄三郎の前に座って、白髪が目立つ顔を何度もなめた」(Kindle版 No.2096)

 かのこちゃんもいい子ですが、何といってもマドレーヌ夫人が魅力的です。気品があり、物静かで、思いやり深く、受けた恩を忘れない、それどころか恩返しをする。どう考えてもそれ猫とちゃう、わけですが、でも睡眠最優先なところなど、行動はとても猫らしい猫。一読して忘れがたい印象を残してくれます。

 というわけで、これまでのような大仰で熱血な話から一転して、しみじみと胸に迫るような静かな話を書いてくれました。作品の幅が劇的に広がったようで、とても嬉しい。今後どんな作品を書いてくれるのか、先が楽しみです。


タグ:万城目学
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