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『プリンセス・トヨトミ』(万城目学) [読書(小説・詩)]

 「五月末日の木曜日、午後四時のことである。 大阪が全停止した」(Kindle版 No.25)

 万城目学さんの第三長篇の電子書籍版を、Kindle Paperwhiteという電子書籍リーダーで読みました。単行本(文藝春秋)出版は2009年03月、文庫版出版は2011年04月、Kindle版出版は2012年9月です。

 「ことの始まりはおよそ四百年前、西暦1615年、舞台は大坂城----」(Kindle版 No.4035)

 京都を舞台に、平安時代から続いてきた「秘密」を書いた第一長篇。奈良を舞台に、古墳時代から続いてきた「秘密」を書いた第二長篇。とくれば、誰もが期待するでしょう。そう、第三長篇では、大阪を舞台に、安土桃山時代の末期から続いてきた「秘密」が書かれます。期待を裏切りません。

 「やられたときには、大阪国の人間は立ち上がる。でも、暴力はふるわん。これは大阪国がずっと守り続けてきたことや」(Kindle版 No.4690)

 「「会計検査院は、決して大阪国を認めない」 いっさいの感情がうかがえない、地を這うような低い声で、松平は攻撃の口火を切った」(Kindle版 No.6201)

 会計検査院から派遣されてきた調査官たちの前に現れたのは、大阪という土地が守ってきた途轍もない「秘密」。四百年に渡って大阪人が隠してきたという影の歴史に、調査官は敢然と戦いを挑む。

 「午後六時半の時点で、大坂城に参集した男たちの総計は実に120万人を超えた。 それら大勢にたった一人で挑むべく、松平は庁舎前に立った。(中略)「35年前は怖じ気づいて、尻尾を巻いて会計検査院は逃げ帰ったかもしれない。だが、今度は違う。こんな虚仮おどしには屈しない」(Kindle版 No.6210、6271)

 「あなたはそれを無駄なことだと言うかもしれない。だが、そこには、かけがえのない想いが詰まっている。我々はこれからも“王女”を守る。たくさんの大切なものと一緒に、大阪国を守り続ける----これがすべての問いに対する、我々の答えだ」(Kindle版 No.6903)

 三権分立の枠外に立ち、いかなる権力にも屈することのない会計検査院の意地。役人を嫌い、義理人情を大切にする、大阪人の誇り。それぞれに譲れない信念を持った二人の男が対峙する。

 というような大仰な話が語られる一方で、学校で激しいイジメに合う少年(ただし性自認は女性)と、彼をかばう幼なじみの少女(男勝り)、といういかにも庶民的な物語が進行する。

 誰もが仰天するような真相と共に二つのプロットが合流するとき、物語はクライマックスたる「大阪全停止」に向けてなだれ込んでゆく・・・。

 ホルモーや鹿男といった超自然的なものは一切登場しません。しかし、その荒唐無稽さは前二作をはるかに上回ります。何しろ大阪人の半分(男性)が全員グルになって世代をこえて途方もない秘密を守ってきた、という無茶苦茶な設定です。どうやって読者をそれなりに納得させるのでしょうか。特に大阪の男性読者に。

 大阪という土地柄の丹念な描写、巧みな人物造形、そして視点人物を次々と切り換えることで事態の進展を立体的に見せる語り口、などの手法を駆使することで、最初は「いや、いくらなんでも、それはないやろ」と感じていた読者も、次第に「けど、ホンマやったらオモロイやろうなあ」となり、やがて「よっしゃ、そういうことにしといたろ」と納得させる。その手際は、前二作よりもずっと洗練されています。

 「宿命の対決」になだれ込む展開はお約束ですが、物語のパターンとしてどちらが勝つか見え見えだった前二作と比較すると、本作ではどちらの意地が勝つのか予想が難しく、どちらの立場にも共感を覚えるため、対決シーンは異様に盛り上がります。大仰な割に、結局やっているのは会計検査だという変な脱力感もいい。

 というわけで、京都・奈良・大阪を舞台とした初期三作を読みましたが、個人的にはやはり「私は大阪が大好きだったのだ。いつだって、いちばんでいてほしかったのだ」(Kindle版 No.7803)という著者の思い入れが存分に発揮されている本作が最も面白いと思いました。


タグ:万城目学
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