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『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』(山中伸弥、緑慎也) [読書(サイエンス)]

 「そのような厳しい競争分野に、ぼくらの弱小研究室が飛びこんでいっても勝算はありません。分化の逆である初期化を目指すというビジョンを立てたのは、はじめから負けることがわかっている勝負はしたくなかったからでもあります」(Kindle版 No.730)

 細胞の初期化に成功した功績でノーベル賞を受賞した山中伸弥先生へのインタビューをまとめた本が電子書籍化されたので、Kindle Paperwhiteという電子書籍リーダーで読んでみました。単行本(講談社)出版は2012年10月、電子書籍版出版は2012年11月です。

 タイトルそのまま。山中先生が自分の人生とiPS細胞について語った一冊です。

 「数学と物理が好きな科学少年でした。SF小説もよく読んでいたし、機械いじりも好きだった」(Kindle版 No.134)

 ペリー・ローダンなど読んでいたそんな科学少年が後に医師となり、いきなり頓挫、邪魔者あつかい。研究者への転身、米国での研究生活、帰国後の苦労。ノーベル賞に至るまでの人生が語られます。

 特に印象的だったのは、「アメリカの研究環境と帰国後の研究環境は対照的でした」(Kindle版 No.620)というように、サポート体制がしっかりしていて研究に打ち込める米国の研究環境と、何でもかんでも研究者が抱え込むしかない日本の研究環境の違い。

 どうやら、山中先生の成果を「日本の栄誉」扱いするのは恥ずかしいようです。むしろ「日本で研究するという大変なハンディを背負っての快挙」と讃えるべき。というか研究環境の改善が必要だと思います。予算つけてあげて。

 本書なかほどで、いよいよ細胞の初期化、後にiPS細胞と呼ばれることになる(山中さんが命名)大発見に至る経緯が語られます。

 「理論的に可能なことがわかっていることなら、いずれできる。多くの人が「こんなん絶対無理」と思うようなことも必ずできるようになる。ぼくは単純にそう考えています」(Kindle版 No.870)

 「こうしてぼくらは2004年までに、ES細胞にとって特に大切な遺伝子をなんとか24個まで絞りこめました」(Kindle版 No.974)

 いよいよ核心に迫るとき。弟子との関西弁のやりとりが印象的です。

 「まあ、先生、とりあえず24個いっぺんに入れてみますから」(Kindle版 No.997)

 「そんなに考えないで、一個ずつ除いていったらええんやないですか」(Kindle版 No.1006)

 「これを聞いたとき、「ほんまはこいつ賢いんちゃうか」と思いました。(中略)まさにコロンブスの卵のような発想でした。まあ、ぼくも一晩考えれば思いついていたとは思いますが」(Kindle版 No.1007)

 思わず吹き出してしまいます。さすが大阪人、ウケ狙いの語りが巧い。

 細胞初期化に関与する遺伝子を24個に絞り込み、どの遺伝子の組み合わせが細胞初期化を起こすのか、組み合わせを一つ一つ確かめてゆくつもりでいたら、いきなり乱暴にも「全部いっぺんに入れてみて、それから一個づつ除いていった方がええんとちゃいますか」。こうしてついに初期化に必要な遺伝子が4つであることを突き止めたというのです。

 「論文発表前に、成果が外部に漏れることも何としても防ぐ必要がありました。私たちの方法はあまりに簡単すぎました。情報が漏れたら、誰でもすぐに真似ができるのです」(Kindle版 No.1047)

 「2006年8月に論文は『セル』に掲載されました。新聞の一面トップで掲載される成果だと自負していましたが、ロンドンで多発テロが発生し、隅っこに追いやられてしまいました」(Kindle版 No.1051)

 続く第二部では、一問一答の形で、より突っ込んだ質疑が行われます。ここは質問が鋭い。気になってもやもやしていたことを、ずばり質問してくれます。

(24個まで絞った上で、最後に4つに絞り込んだことについて)

 「結局、画期的だったのは、何千個もある候補因子のうちから、24個にまで絞ったところでしょうか?」(Kindle版 No.1324)

 「24個の時点で論文を発表されようとは思われなかったのでしょうか?」(Kindle版 No.1273)

(24個全部いっぺんに入れて、一つずつ除いて試してゆくという単純かつ乱暴な方法で、驚くほど簡単に、初期化状態が安定したことについて)

 「ある遺伝子と別の遺伝子が単純に足し算されるのではなく、かけ算されるように複雑な絡まり方をしている可能性もあったと思うのですが」(Kindle版 No.1289)

 「エピジェネティクスはそれほど重要ではなかったということでしょうか?」 (Kindle版 No.1382)

 「iPS細胞もES細胞も人工的に作られているとはいえ、どちらも安定に存在できるということは、進化の過程で獲得した共通の仕組みがあるということでしょうか?」(Kindle版 No.1437)

 「どんなところに苦労なされましたか」みたいな通り一遍の表面的な質問ではなく、ぐぐっと踏み込んだ突っ込みが素敵です。山中先生の回答については、本書をお読みください。

 というわけで、まず研究者の自伝としても面白く、特に随所に登場する関西弁や自虐ネタが楽しい本です。そして成果のどこが画期的だったのか、他の研究者はなぜ発見できなかったのか、成果が意味することは何か、残っている謎は何か、というところまで教えてくれます。文章は、何しろ基本的に語り言葉なので、非常に易しく、おそらく中学生でも理解できることでしょう。

 新聞や雑誌記事を読んでも、iPS細胞がどれほど医学の進歩に役立つかという話ばかりで、そもそも「iPS細胞とES細胞はどう違うのか」、「iPS細胞を作り出す方法を見つけたことがなぜ偉いのか」、「他の研究者より先に見つけたというけど、要するに運が良かっただけなのか」、「もともと細胞に自然に備わっている初期化キーを見つけたのか」など素朴な疑問をお持ちの方に、一読をお勧めします。


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