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『皮膚感覚と人間のこころ』(傳田光洋) [読書(サイエンス)]

 「意識は脳という臓器だけでは生まれません。身体のあちこちからもたらされる情報と脳との相互作用の中で生まれるのです。とりわけ皮膚感覚は意識を作り出す重要な因子であるといえるでしょう」(単行本p.145)

 皮膚感覚は人間の心にどのような影響を与えているのか。『皮膚は考える』、『第三の脳』、『賢い皮膚』の著者が教えてくれる皮膚科学の最前線。単行本(新潮社)出版は、2013年01月です。

 皮膚は単なる「身体を包む皮」ではなく、情報処理機能を持つ臓器である、という驚くべき研究成果を一般向けに紹介してくれた著者が、皮膚科学の最新状況をまとめる一冊です。

 全体を通じて探求されるテーマは、皮膚感覚が人間の心に与える影響、というもの。

 まず前半では、「熱いカップを持った人のほうが、架空の人をより心が温かい人だと判断する傾向が強かった」(単行本p.17)といった実験、あるいは母親からの皮膚刺激を受けることなく育ったラットは育児放棄する傾向が強いといった様々な研究成果を挙げて、「皮膚への刺激は、私たちの心や生理状態に少なからぬ影響を及ぼしていると考えられる」(単行本p.36)ことを明らかにします。

 さらに、免疫機能、音や光さらには磁場を感知する機能、といった皮膚が持っている知られざる能力を詳しく紹介してくれます。

 「皮膚のどこかがウイルスの感染を受けると、そのウイルスに対する識別能力、いわば記憶を持ったT細胞が、感染を受けた場所だけでなく、表皮と毛穴の表面に広がり定着することがわかった」(単行本p.61)

 「高周波音がまず表皮において何らかの生理的変化を起こし、それがさらにホルモンレベルや脳波に作用している可能性が考えられます」(単行本p.93)

 「表皮ケラチノサイトが赤い光と青い光に応答することを踏まえ、私たちは、網膜に存在する光受容器が表皮にも存在するのではないか、と考えはじめました。(中略)網膜で光や色を識別しているこれらのタンパク質が遺伝子の形でも存在していることが明らかになりました」(単行本p.97、98)

 後半になると、いよいよ皮膚感覚が心に影響するだけでなく、むしろ皮膚感覚によって自意識が作られるのではないか、という刺激的な話題へと進んでゆきます。

 「実験の結果は思いがけないものでした。被験者がその規則に気づく前に皮膚の電気状態が変わっていたのです。なんとなく「ひょっとしてこれは悪い札かなあ」という推察が、意識の前にまず皮膚に現れ、それからしばらく経って意識されるのです」(単行本p.115)

 「皮膚感覚は自他を区別し、空間における自己の空間的位置を認識させる。皮膚が自己意識を作っている、と言っても過言ではないでしょう」(単行本p.146)

 最後は皮膚のコンピュータシミュレーションといった最先端の研究を紹介し、今後の展望を示します。

 単なる触覚だけではなく視覚や聴覚を超える広範囲センサとして機能し、集めた情報を神経系やホルモン系を通じて脳に伝達して自意識を作り出し、気分や情動をコントロールする、そんな高度な臓器としての皮膚。提示される皮膚の新しいイメージが鮮烈です。

 内容はときに専門的になりますが、ただ最新の論文内容を紹介するだけでなく、例えば「深い眠りに落ちている夜中、無理やり起こされる学生さんも気の毒でしたが、測定者の私はぶっ続けの徹夜で、辛い実験でした」(単行本p.59)といった具合に、自らの研究体験を生き生きと語ってくれるところが魅力的。

 というわけで、現代の皮膚科学についてよく知らない方はもちろんのこと、これまでの著書で皮膚の新しいイメージに慣れた読者も新鮮な驚きを感じるに違いありません。


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