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『夢の実現するところ 郵便配達夫シュヴァルの理想宮に捧げる』(編:宮脇豊、福永信、山崎ナオコーラ、いしいしんじ、他) [読書(随筆)]

 「ただ一瞬だけ与えられた私たち各々の生。その痕跡をこの宇宙のどこかに永遠に刻み込むため、私たちは想像力とことばを持った。それを使って夢の実現するところへ行く方法を、シュヴァルは教えてくれている」(単行本p.127)

 一人の郵便配達夫が33年の歳月をかけ手作業で作り上げた奇怪な宮殿、「シュヴァルの理想宮」。その完成百年を記念して出版された一冊。単行本(ギャルリー宮脇)出版は、2012年12月です。

 「シュバルは郵便配達員として歩き回りながら無想し、四十三歳のときの配達途中に石につまずいた。その石に着想を得て、理想の城を作り始めた。そして三十三年間、ひとりで石を運び、セメントを塗り、もくもくと作業を続けた。村の皆から変人扱いされながらも完成させ、最後には墓まで作り、その中に眠る。この人生は、多くの人を魅了する」(単行本p.59、60)

 シュヴァルの人生とその「作品」に魅せられた人々からの寄稿、オマージュ絵画、そして数多くの写真を集めた「シュヴァルの理想郷完成百年記念」の一冊です。

 「この手紙は今日オートリーヴを離れ、日本のキャルリー宮脇へと送られます。これは本当のことなのですよ。地球の裏側にあるギャルリー宮脇があなたの夢想の宮殿の事を耳にして、今年、それにオーマジュを捧げることになったのです。信じられないような出来事ではないですか!」(単行本p.118)

 「宮脇氏が、ほかにも多くの芸術家を招待してくれました。いずれも、あなたの想像力に惹かれ、あるいは、世界に比べるもののないあなたの作品にインスピレーションを受けた人たちばかりなのです」(単行本p.119)

 こうして、作家、画家、写真家、音楽評論家など様々な人々から寄せられた文章は、芸術論だったり、身辺雑記だったり、小説だったり、詩だったり、エッセイだったり、まさしく千差万別。しかしながら、いずれもシュヴァルへの憧憬や感嘆の念がストレートに表現されています。

 「時代、非難、年月、すべてに挑みかかり、地上にこのおとぎ話の城を出現させた、この郵便配達以上に自由な者がいただろうか?」(単行本p.16)

 「言葉が生きつづける、言葉のためのたてものを建てる。だれがそんなこと、これまで、考えついたろう!」(単行本p.21)

 「天体をとめることはできないか。永遠を、一瞬のうちに封じ込めることはできないか。移り変わる日付をかばんに収め、同じ道を行き来しながら、人間のなかに、そんな思いがむくむくとたちのぼる。拾った石のかたちが語りかけ、すべてをあかす」(単行本p.114)

 この「全くの手作業によって建てられ、プランもなければ測量もなく、前もって立てられた何らかの明確な意図すらない」(単行本p.66)奇怪な巨大建造物が放つ魅力には抗いがたいものがあり、後に、アウトサイダー・アートだ、ヴィジョナリー・エンヴァイアランメントだと高い評価を受け、ついにはフランスの重要建造物に指定され保護されることになったといいます。

 シュヴァルの理想宮がこれほどまでに人々を惹きつけるのは、その芸術性よりも何よりもまず、この魅力的な「物語」への憧れではないか。読後、そのように感じられました。個人的に最も共感したのが次の一節です。

 「シュヴァルの人生は、まるでもうひとりの「私」のようだ。「私」にも、こんな風に生きる道があるのではないか。(中略)ほとんどの人が、自分の理想の城を作りたいと思っているし、まだ本当の仕事ができていないと思っているし、周りからの無理解に苦しんでいるからだ。枷を外して、シュヴァルみたいに生きたい」(単行本p.60)


タグ:福永信
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