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『BEATLESS』(長谷敏司) [読書(SF)]

 「もはや人工知性に対して、不安を感じていてよい段階ではない。はじめてコンピュータの知能が人間を完全に超えた特異点(シンギュラリティ)から、すでに五十年以上も経っているのだ」(単行本p.189)

 高校生の遠藤アラトは、あるときレイシアと名乗る美少女型アンドロイドに出会い、その所有者となる。だが彼は知らなかったのだ。レイシアがポストシンギュラリティ超高度AIによって創り出された<人類未踏産物>だということを。そして自分が人類に終焉をもたらそうとしていることを・・・。典型的なライトノベルの文脈を用いて、人智を超えた人工知能と人間との関係性を徹底的に追求した本格ロボットSF大作。単行本(角川書店)出版は、2012年10月です。

 「わたしは、人間の言葉や動きに合わせて、相手を快適にするような反応を返しているだけです。反応が与える効果を先読みして誘導しているだけで、私の言動は一貫した人格に裏づけられているわけではありません」(単行本p.35)

 人間社会がhIEと呼ばれるアンドロイドに支えられている西暦2105年。研究所から五体の美少女型hIEが流出する。民間軍事会社の攻撃を一蹴して消えた五体は、人間の理解を超えた<人類未踏産物>だったのだ。驚異的な戦闘力に加え、固有の特殊能力を持つ彼女たちは、それぞれに所有者(オーナー)を見つけて人間社会に潜伏してゆく。

 そのうちの一体であるレイシアにオーナーとして選ばれたのは、冴えない高校生の遠藤アラトだった。彼女のカタチ(萌え属性)に魅了され、いいように操られているという自覚を持ちながらも、レイシアを信じようとするアラト。その決意がどれほどの犠牲を伴うか知らないままに。

 というわけで、ぱっとしない少年が超常的な戦闘美少女に出会ってなりゆきで同居することになり、おかげで次から次へと魔物やら宇宙人やら(なぜかみんな外見は美少女)に襲われるはめになり、その度にやたらめっぽう強い彼女に守ってもらうという、マンガやアニメでお馴染みの設定で物語は始まります。

 いかにもな戦闘シーンが続出する前半はそういう感じで気楽に楽しめるのですが、後半に進むにつれて、「人間より優れた人工知性と人類社会は共存できるか」、「心がない存在との間に信頼関係を築くことが出来るか」といった、ロボットSFが長年追求してきたテーマを偏執的なまでに掘り下げてゆく本格SFへ展開してゆきます。

 「人間の世界に終わりがあるとしたら、人間が存在する“意味”が完全に失われた、こんな風景に違いなかった」(単行本p.447)

 「人間がいる意味なんて能力的に見ればもう終わっているの」(単行本p.227)

 「僕は、本当に自分の意志で何かをしているのか」(単行本p.199)

 迷いつつもレイシアを信じようとするアラト。だが事態は情け容赦なくその酷薄さをむき出しにしてゆく。個体間の暗闘から、大規模テロへ、そして陸軍を巻き込んだ凄惨な市街戦へと戦いはエスカレートし、犠牲者も増えてゆく。

 だが人類にとって真の脅威は、自らの計画のために人間社会そのものをハックするレイシアの存在が、ポストシンギュラリティ超高度AIと人間社会の間で成り立っていたきわどいバランスを根底から崩しつつあることだったのだ。

 「あなたは、“現実”に耐えられるのですか」(単行本p.362)

 「僕が、レイシアを信じるって言えることに、きっと意味はあるんだ」(単行本p.521)

 人工知能が完全に人間を凌駕したとき、人間に存在意義はあるのか。人間に心があることが、人工知能にとってどんな意味を持つのか。こんな問いかけを執拗に繰り返し、深く深く掘り下げてゆくこの感じ、いかにも死や自由意思について偏執的に追求した『あなたのための物語』や『allo, toi, toi』の作者らしいところ。

 「アラトにとってレイシアは世界に触れる万能のインタフェースで、彼女にとって彼は届きがたいものに触れるインタフェースだった。(中略)レイシアとアラトは一組のユニットで、ひとつのこころを共有している」(単行本p553、611)

 「俺は、機械よりも、人間を信じることにしたんだ。敵でも、俺を殺そうとしたやつでもだ。(中略)最後には、人間を信じさせてくれ。人間の手をとらせてくれ」(単行本p.546)

 あくまで人間を信じようとする意志と、人間と人間を超えたモノが信頼関係を築くことが出来ると信じる意志が激突する二段組650ページ。大作ですが、派手な活劇や戦闘シーンが多く、話もテンポよく進むのでスピーディに読めます。

 戦闘美少女ものラノベとして読んでも、ボーイ・ミーツ・ガールの青春小説として読んでも、ロボットテーマの本格SFとして読んでも、いずれも満足のゆく出来ばえ。ラノベ感覚が苦手な硬派SF読者も、読んでおいた方がいいと思います。


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