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『本にだって雄と雌があります』(小田雅久仁) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 「本は増やすもんじゃない。増えるんだ。本は勝手に増えるんだよ」

 子供をつくり、羽ばたき、大空を舞い飛び、ときに未確認飛行象となりて人を運ぶ。ある一族の年代記として書物の秘められた生態を明らかにする傑作ファンタジー。単行本(新潮社)出版は、2012年10月です。

 「あんまり知られてはおらんが、書物にも雄と雌がある。であるからには理の当然、人目を忍んで逢瀬を重ね、ときには書物の身空でページをからめて房事にも励もうとし、果ては跡継ぎをもこしらえる」(単行本p.3)

 「確かに本は増える。雄本だの雌本だのはともかくとして、本と本のあいだに読んだことも見たこともない本が、いや、それどころか、出版されたことも書かれたこともない、この世界に存在しないはずの本が、一夜にして忽然と出現する」(単行本p.8)

 蔵書家の妄想高ぶり、書物の魔法あまねく世を照らす。奇想天外、抱腹絶倒、感慨無量の書物ファンタジーです。

 本と本の間に生まれるという謎めいた「幻書」をめぐって、ある一族の年代記が展開します。中心となるのは、書き手の祖父にあたる人物。

 「見るもの聞くもの一切合切の揚げ足を取るために、子供の時分からすでに知識に対する激しい飢えに悩まされていた與次郎は、やはりなるべくしてなった本の虫だった」(単行本p.145)

 幻書を収集していた蔵書家の祖父、そして本が読めない画家の祖母。この夫婦の物語を中心に、同じく幻書収集に励む祖父のライバル、語り手の一族たちなど、様々な登場人物の人生が多彩なエピソードと共に語られてゆきます。

 文章は風雅にして格調高く、しかし軽妙かつ融通無碍。大真面目な筆致で滑稽な大法螺や大嘘をしれっと語り、「だといいね」等ふとこぼれ落ちた風の個人的述懐が胸を打つかと思えば、頻出する駄洒落、地口、軽口の類に思わず吹き出してしまう。ぽんぽん飛び出す関西弁も心地よく、エピソードはどれも愉快。落語の語りのように、ひたすら楽しい。

 深堀骨の奇想、森見登美彦の諧謔、池上永一の物語性、いいとこだけ混ぜ合わせ煮こごりにしたような、個人的に心のツボ直撃小説。

 前半が落語だとすれば、後半はファンタジー。大空を舞う書物の大群、羽ばたく六本足の白い象、幻書だけを集めた図書館。あり得ないものが平然と存在してしまう素敵な世界で、奔放な想像力が読者を巻き込み南の空へと運んでいってしまう。

 ラストが近づくにつれ出現頻度が高くなる、涙腺にくる感動シーンの数々。たとえば、解き放たれた大量の幻書が夜空に羽ばたき、すでにこの世にない祖父と祖母が夫婦仲むつまじくもそれぞれの未確認飛行象に搭乗して天空へと舞い上がるシーンなど、ぼろぼろ泣けます。

 本は、ただ文字を印刷した紙の束ではなく、生きた魔法です。愛書家ならみんなそのことを知っているでしょうし、それをテーマにした作品も数多く書かれています。しかし、なかでも本書は一頭地を抜いていると思います。

 「本いうんはな、読めば読むほど知らんことが増えていくんや。どいつもこいつもおのれの脳味噌を肥えさそう思て知識を喰らうんやろうけど、ほんまは書物のほうが人間の脳味噌を喰らうんや。いや、脳味噌だけやないで。魂ごと喰らうんや」(単行本p.146)

 というわけで、本を愛する、いや本に魂喰われてしもたすべての人に読んでみてほしい傑作。今年読んだファンタジー小説のうち、個人的ベストは本書で決まりです。


タグ:小田雅久仁
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