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『科学は大災害を予測できるか』(フロリン・ディアク) [読書(サイエンス)]

 「科学は日々進歩し、数学モデルは改良が続けられている。自然の脅威を前にして、完全に安全ということはあり得ないけれども、地球上の大勢の人々が、この星をより安全な場所にしようと努力している。そうした多くの人に、本書を捧げる」(文庫版p.307)

 様々な自然災害を取り上げ、現代の科学はどこまで予測できるのか、また近い将来に予測はどこまで可能になるのかを解説してくれるサイエンス本。単行本(文藝春秋)出版は2010年02月、私が読んだ文庫版は2012年10月に出版されています。

 世界を「理解」すること、そして未来を「予測」すること。これらは科学の主要な目標です。そして、私たちにとって最も切実に予測したいことの一つが、自然災害でしょう。

 大地震の発生、火山の噴火、台風の進路、あるいは新型インフルエンザの大流行。これらを事前に正確に予測することが出来れば、避難するなど対策がとれますし、そうすれば多くの人命が助かるのですから。

 ところが、日食がいつ起きるか、ロケットがどんな軌道をとるか、といった問題には正確に答えられる現代の科学をもってしても、こと自然災害の予測となると、かなり期待外れの成果しか出せないでいます。なぜなのでしょうか。

 それにはいくつかの理由があります。正確なメカニズムが分かってない(地球気候変動)、充分なデータをとることが困難(地震や火山噴火)、そしてカオス挙動(台風)や人為的要因(株価暴落)。しかし、科学者たちは困難に挑み続けています。

 本書でとりあげる自然災害は、津波、地震、火山噴火、台風、気候変動、小惑星の地球衝突、金融危機(株価暴落)、パンデミック(伝染病の大流行)の八つです。自然災害とはいえないものも混じってますけど。

 それぞれの項目について、どのようなメカニズムで発生するのか、そもそも原理的に予測できるのか、どのようにして予測すればいいのか、実際に科学者たちはどこまで予測できるようになっているのか、そして対策は、といった話題が扱われます。

 個々の項目についての解説は薄め。もっと詳しく知りたい読者は、それぞれの話題を専門に扱った本を読む必要があります。ただ、本書の狙いは、一つ一つの話題に関する深い議論ではなく、科学者たちはどのような手法で未来を予測しようとしているのか、その課題はどこにあるのか、といったことの全体像をとらえることにありそうです。

 「私の専門である微分方程式は、そうした思ってもみなかった応用に威力を発揮することが多い。微分方程式を通じて、私は数学モデルに親しんでいった。そしてすぐに、理解した。--よいモデルをつくるのは一大事業であり、そこで最もむずかしいのは現実から乖離しないことである、と」(文庫版p.293)

 「現実に近づかなければいけないモデルと、それができない、あるいは望ましくないモデルがあることがおわかりいただけたと思う。どのタイプを採用するか決めるには、対象となる現象の性質をよく知らなければならない」(文庫版p.302)

 スーパーコンピュータがあれば、50年後の地球平均気温から、地震がいつどこでどのくらいの規模で起きるのかまで、何でも予測できるはずだと思っている人がいますが、そうではありません。真の課題は計算速度ではなく、数学モデルの妥当性と、入力すべきデータにあるのです。専門家である著者は、この点について詳しく教えてくれます。

 「地震の時期・位置・規模が果たして予測可能なのかどうかについて専門家の意見は割れており、中には、そんなことにかかずらうべきではないという学者もいる」(文庫版p.71)

 「1982年3月12日、セントヘレンズ火山を常時監視していた米国地質研究所は、10日以内に噴火が起きると警告。3月15日には4日以内、3月18日には48時間以内と、刻々と範囲は狭められる。そして48時間以内の警報が出された翌日に、噴火が発生した」(文庫版p.117)

 「この小惑星は2033年、35年、45年にも地球に近づき、最接近距離は1万5000キロになるらしいこともわかった。1万5000キロというのは、静止衛星の高度の半分を大幅に下回る。」(文庫版p.219)

 「アメリカ経済学界の重鎮でありエール大学の教授であるアービング・フィッシャーが「株価は恒久的に続く長期安定期に達した」との有名な予言を行ったのである。それは、なんとも間の悪いことに、株価が1929年のピークを打つ直前だった」(文庫版p.246)

 印象的な予知成功、壊滅的な大失敗。本書に登場する、災害予知に関する様々なエピソードは非常に面白い。これらのエピソードが雄弁に伝えてくれる教訓は、科学者や専門家による災害予知は軽んじるべきではないけれど、それに振り回されるべきでもない、ということ。

 「科学者が予測を公表する場合には、その前提条件や精度や誤差範囲を明確にするのがふつうである。ところがメディアがそうした「但し書き」を見落としてしまうものだから、一般の人々は大騒ぎをすることになる」(文庫版p.206、307)

 「科学者が安易な予想をする例が絶えないのは、未来は水晶球で予見できるという無邪気な信念が一般に存在するせいもあるのではないだろうか。(中略)こうした土壌があれば、胡散臭い予測モデルに巨額の予算が付いても、たいていの人が文句を言わないのは無理もない」(文庫版p.305)

 何年以内に首都圏大地震が来る可能性が何パーセント、といった情報で騒ぎが起きたり、あるいは海外で地震予知に失敗したという理由で科学者たちが有罪判決を受けたり、こと災害予知となると人は冷静ではいられなくなるようです。

 というわけで、地震予知をはじめとする災害予測の現状について大雑把に知り、冷静に判断できるようになりたいという方にお勧めの一冊です。自然災害はどこまで予測できるのか、という興味で読み始めましたが、読後、それより予測に向けて努力を積み重ね続けている科学者たちに対する尊敬の念が高まりました。


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