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『森の家』(千早茜) [読書(小説・詩)]

 「逃げても逃げても心に点ったものからは逃げられない」

 植物に覆われ周囲から隔絶された古い家に住む男、少年、女。他人との距離をとるのが苦手な三人は、互いの生活に干渉しないという暗黙のルールに従って「家族」のふりをして生きてきた。だが、男が失踪したとき、各人が決断を迫られることになる。果たして彼らは本当の家族になれるのか。連作短篇集『からまる』の発展形ともいえる長篇小説。単行本(講談社)出版は、2012年07月です。

 家族とは何なのか。それはあっさり切れてしまう脆いつながりなのか、それとも逃げても逃げきれない束縛なのか。どんなに他人の干渉を嫌っても互いにからまらずには生きていけない人間のさがを書いた連作短篇集『からまる』から一年、千早茜さんが今度は「家族の絆」を追求します。

 「たとえさみしいという想いを共有していたとしても人は結局独りで、同じ場所にはいない気がする。ばらばらだ。僕らは別々の暗闇の中にいる」(単行本p.126)

 「ねえ、忘れられない景色を共有していたら、それは家族だよ」(単行本p.149)

 「血が繋がっていようといまいと、人との関係を切ることなんて簡単なものだ。簡単ではないと人は思いたいから、そう言うだけだ」(単行本p.203)

 「三人の間の糸は家族の色をしているよ。同じ家に住んでいるからだろうね」(単行本p.205)

 死んだ女の幻影にとりつかれ心を見失った男、執着心に振り回され取り乱しがちな直情径行型の女、すべてを淡々と受け入れ誰にも心を開こうとしない生真面目な少年。何かが欠落しているような、対人関係に問題を抱えている三人が、それぞれ語り手をつとめる三つのパートから構成される長篇です。

 それぞれの登場人物は、最初はよく分からない不気味な人物として提示されるのですが、それぞれの視点から物語が語られるにつれて、読者も次第に彼らに共感を覚えるようになってゆきます。みんな孤独で、さびしく、苦しんでいて、でも他人に干渉されたくない、束縛されたくない。誰もが身に覚えのある葛藤に思わず引き込まれ、家族という思えばいかがわしい関係が彼らを救えるのか否か、という物語が切実なものとなってゆきます。

 ベタな家族ドラマみたいなストーリー展開なんですが、安っぽくならないのは、いかにもこの作者らしい「異界」や「魔」の存在感ゆえでしょう。超自然的な要素は含まれないのですが、第一部「水の音」に登場する森の家、第二部「パレード」のエレクトリカルパレード、そして第三部の青い湖、いずれも異界感たっぷり。あちらの気配が濃厚に漂っています。

 特に第三部は水面に女の顔が浮かぶという幻想シーンが繰り返され、それが男を次第に狂気に引きずり込んでゆくという怪談のような展開。水底から手招きするような魔の感触はいかにも生々しく、これがけっこう怖い。

 というわけで、『からまる』が好きな読者ならきっと気に入るであろう長篇。家族小説、恋愛小説としても面白いのですが、そこに幻想味や怪異の気配が漂っている風情が味わい深く、執着心のおそろしさ、どこか壊れている登場人物が不意に愛おしく感じられる瞬間など、『魚神』や『あやかし草子 みやこのおはなし』が好きな方も楽しめると思います。個人的に、お気に入りです。


タグ:千早茜
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