SSブログ

『エステルハージ博士の事件簿』(アヴラム・デイヴィッドスン) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 30年以上眠り続ける童女の謎、熊に変身する男、ローレライの贈り物、純金よりも純度の高い黄金の秘密、皇帝閣下のバイロケーション。20世紀初頭、バルカン半島に位置する架空の帝国を舞台に、博学多才この上ないエステルハージ博士が数々の怪事件に遭遇する。世界幻想文学大賞を受賞し、『SFが読みたい!』ベストSF2011海外篇第6位に選ばれた連作短篇集。単行本(河出書房新社)出版は、2010年11月です。

 今から百年以上前、東欧に存在したという小国。あまりにも完璧に滅亡したため、もはやわれわれの記憶にすら残っていない幻の帝国。それがスキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国です。

 この架空の、あるいは存在した証拠が一切残っていない、東欧の小国を舞台に、法学博士、医学博士、哲学博士、文学博士、そして理学博士でもあるエンゲルベルト・エステルハージ博士が活躍する短篇8篇をおさめた連作集です。

 ガス灯と電灯が並び、馬車と蒸気自動車が並走し、鉄道網と封建制が共存する19世紀と20世紀の境界。骨相学のようないかがわしい近代科学、錬金術、心霊術、魔術、そして狼男や人魚など民間伝承、怪しいものがごった煮になったような物語が次々と展開してゆきます。

 30年以上も眠り続けているという童女の秘密をめぐる奇譚(『眠れる童女、ポリー・チャームズ』)。盗まれた宝冠の行方をエステルハージ博士が追う『エルサレムの宝冠または、告げ口頭』。悪魔崇拝の邪教集団をエステルハージ博士が策略であっさり片づけてしまう『神聖伏魔殿』。

 『熊と暮らす老女』では狼男、『真珠の擬母』では人魚、『夢幻泡影 その面差しは王に似て』ではバイロケーションあるいは幽体離脱、『イギリス人魔術師ジョージ・ペンバートン・スミス卿』では魔術、『人類の夢不老不死』では錬金術、といった具合に、とにかく怪しいネタが満載。

 すっきり解決する話もあれば、謎が謎のまま不気味な雰囲気で終わるもの、ユーモラスな喜劇調の作品もあり、どう展開するか予想がつきません。というよりプロットはさほど重要ではなく、作品のキモは長々と語られる蘊蓄(あるいは法螺)にあるような気がします。

 怪談ともミステリとも幻想小説ともつかない、この何ともいえないジャンル未分化感。さらにストーリー展開など気にもとめない勢いで奔流のように繰り出される蘊蓄、耳慣れない異国風の単語、元ネタを見つけてみろと挑発するかのような子細。そして最初は読みにくいと感じられるものの、その独特の気取った調子が醸しだすユーモアに慣れてくると、だんだん癖になってくる不思議な文体。

 あまりにも個性的な作品で、好みは分かれるかも知れませんが、好きな人は猛烈にハマるかも知れません。20世紀初頭の東欧を舞台に繰り広げられる古式ゆかしい奇譚、ときいて惹かれる方にお勧めします。

[収録作品]

『眠れる童女、ポリー・チャームズ』
『エルサレムの宝冠または、告げ口頭』
『熊と暮らす老女』
『神聖伏魔殿』
『イギリス人魔術師ジョージ・ペンバートン・スミス卿』
『真珠の擬母』
『人類の夢不老不死』
『夢幻泡影 その面差しは王に似て』


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0