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『盤上の夜』(宮内悠介) [読書(SF)]

 盤が感覚器官となり、卓にはシャーマンが舞い降りる。千年を生き延び世界のあり方を変えるシステムを創造した者、機械との対戦を通じて超越存在に迫る者。彼らは何を見ていたのか。囲碁、チェッカー、麻雀、チャトランガ、将棋といった卓上ゲームの世界を題材とした短篇集。単行本(東京創元社)出版は2012年03月です。

 第1回創元SF短篇賞の最終候補となり、山田正紀賞を受賞した『盤上の夜』を含む六篇を収録したデビュー短篇集です。著者は、宇宙の借金取りが活躍する軽妙な『スペース金融道』シリーズ、アフリカ内戦を背景とした重厚な『ヨハネスブルグの天使たち』など、その作風の広さ、アイデアの豊富さで、SF読者を刺激してやまない宮内悠介さん。これがデビュー単行本となります。

 囲碁、将棋、麻雀といった対戦型の卓上ゲームを扱った短篇はこれまでも沢山書かれていますが、その多くが主眼としてきたのは、対決の緊迫感や、勝負師たちの異様な情念の世界、といったものでした。本書に収録された短篇群の特徴は、そういったことも充分に書き込んだ上で、さらにその先へ、SF的想像力を活かして飛び立ってゆくところ。

 『盤上の夜』は、四肢を失った棋士が、囲碁盤を自らの感覚器官とする話。盤面が身体の延長となり、碁石の配置そのものを皮膚感覚でとらえ、それを制御するための独自言語を作り上げてゆく。だがそれは、人間の限界に挑むことでもあった。

 囲碁はしばしば「宇宙」にたとえられますが、本当に囲碁という抽象宇宙に人間が適応しようとしたらどうなるかという、一種の脳科学SF。硬質な文体でぐいぐい引っ張ってゆく、緊迫感あふれる作品です。

 『人間の王』と『千年の虚空』は、それぞれチェッカーおよび将棋を題材に、人間とコンピュータとの対戦を扱った作品。アルゴリズムを突き詰めたその先に、神はいるのか。いかにも山田正紀賞作家らしい挑戦にどきどきします。

 『清められた卓』は、麻雀の対決を描いた作品で、阿佐田哲也さんの短篇を彷彿とさせるスリルあふれる勝負の行方を堪能できます。しかも、超能力か魔術としか思えない打ち方をする新興宗教の女性教祖、彼女に執着する精神科医、確率と統計の天才であるサヴァン症候群の少年、そしてプロ雀士、という面子が卓を囲む異能バトルですから、これがもう目茶苦茶に面白い。

 しかし本作の凄さは何といってもそのラスト。それなりに謎解きが行われ、ミステリ作品としての決着をつけた後、「あの対局は本当は何だったのか」という真相が明らかにされます。ここでSF読者としては唸るしかなく。麻雀小説としても、ミステリとしても、そしてSFとしても素晴らしい傑作。

 『象を飛ばした王子』は、古代インドを舞台とした、ブッダの息子である若き王子の物語。「人から人へと広がり、世界を変えてしまう抽象システム」を作り出すという誰にも理解してもらえない夢、そして迫り来る戦争という現実。両者に引き裂かれ苦悩する少年。

 千年の時を超えてなお生き延び、世界を変えてゆく二つのミーム。仏教を生み出した父と、チャトランガ(チェスや将棋の起源)を作り出した息子の親子対決、一番勝負を描いた作品です。SF的な設定は登場しないにも関わらず、本格SFが放つ高揚感とパワーに満ちていて、個人的には『清められた卓』と本作がいっとうお気に入り。

 『原爆の局』は、『盤上の夜』の続編。「昭和二十年の八月六日に広島で打たれた囲碁タイトル戦の棋譜」という魅惑的な題材をベースに、本書に収録された様々な作品の声が反響してゆきます。

 研ぎ澄まされた刃のような『盤上の夜』に比べて、作品から受ける印象が大きく変わったというか、筆致にずいぶん余裕が感じられます。構成が大きく、展開も豊かで、ああ成長したなあ、上手くなったなあ、という感慨を覚えます。

 というわけで、ミステリ読者にもSF読者にもアピールする魅力的な作品が詰まった、デビュー単行本とは思えない傑作短篇集です。これから何を書いてくれるのか、もう期待でいっぱい。早く次の本を出してほしい。

[収録作]

『盤上の夜』
『人間の王』
『清められた卓』
『象を飛ばした王子』
『千年の虚空』
『原爆の局』


タグ:宮内悠介
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