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『ピアニストの脳を科学する  超絶技巧のメカニズム』(古屋晋一) [読書(サイエンス)]

 1秒間に平均10.5回という驚異的なスピードで打鍵する指、一年間で490キロメートルの距離を動く手。アルツハイマー病で記憶が失われても暗譜演奏が可能で、はじめて見た楽譜を初見演奏してのける、それがピアニスト。彼らの脳はどのように働いているのか。ピアニストの神秘的なまでの離れ業を、脳科学で解き明かしてゆく一冊。単行本(春秋社)出版は2012年1月です。

 二時間の演奏会で、楽譜も見ないで正確かつ情感を込めた音楽を奏で、聴衆を魅了するピアニスト。彼らの脳はいったいどうなっているのでしょうか。これまで脳科学者と身体運動学者がピアニストの能力について調べてきた研究成果を、一般読者向けに分かりやすくまとめた一冊です。

 まず、脳波測定、データグローブ、ハイスピードカメラ、力センサー、筋電図、さらには「金属(磁性体)を一切使わないピアノをオーダーメイドで作ってもらって、MRIの中でピアノを弾く」(単行本p.157)といった大がかりな実験まで、ありとあらゆる方法でピアニストの秘密に迫ってゆく研究者たちの情熱と執念に驚かされます。

 その結果分かってきたことも、また驚異的です。

 「ピアニストは音楽家ではない人よりも、単純に計算すると、小脳の細胞が50億個近く多い」(単行本p.12)

 「ピアニストは各指を独立に動かせる特別な能力を獲得している」(単行本p.185)

 「指を一切動かしていないにもかかわらず、ただピアノの音を聴くだけで、指を動かすための神経細胞が活動した」(単行本p.36)

 「脳は音符に対応した指を自動的にイメージできるようになると言えます。音符を指の動きに自動的に変換する脳の回路ができあがるのです」(単行本p.95)

 「間違った鍵盤を弾くおよそ0.07秒前に、頭の前方にある脳部位(帯状回皮質)から「ミスを予知する脳活動」が起こっていたのです。そして、その活動は、なんと「ミスタッチをする際に打鍵する力を弱める」ことに貢献していることがわかりました」(単行本p.43)

 「アルツハイマー病を発症したあるピアニストは、親しい人の名前を思い出せなかったが、むかし練習した楽曲は忘れずに演奏できた」(単行本p.101)

 「1日あたり3時間45分というこの平均時間が、ピアニストが演奏技術を維持するために必要な練習時間」(単行本p.206)

 「音響学者は物理学の観点から、理論的にピアノの音色を変えることは不可能である、と考えてきました。(中略)研究の結果わかったのは(中略)タッチによって、音の物理特性が実際に違うものになったのです。さちに、こうした音色の違いは、人間の耳で聞き分けられる範囲であることもわかりました」(単行本p.211-214)

 という具合に、次から次へと驚くような研究成果が登場します。「ミスタッチが起こる0.07秒前に脳はそれを察知し、音楽への影響を最小にするよう指に自動的に修正指示を出している」なんて、もはや超能力とか思えません。

 他にも、ピアニストは腕の筋肉をどのように使用しているか、意識して「機械的に弾く」のと「情感こめて弾く」のでは音の物理特性がどう違うか、音楽家の「良い耳」が持つ特殊能力、ピアニストの三大疾病、さらにはいわゆる「モーツァルト効果」の真偽や音楽による脳神経リハビリまで、ピアニストにまつわる様々な話題が詰め込まれています。

 鍛練によって人間にどれほどのことが可能になるかを知って驚かずにはいられません。ピアノを弾く方はもちろん、他の楽器を演奏する方、音楽愛好家、脳と身体の相互作用に興味がある方、そして『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子)の愛読者にも、一読をお勧めします。


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