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『捕食者なき世界』(ウィリアム・ソウルゼンバーグ) [読書(サイエンス)]

 ラッコがいなくなった海ではジャイアントケルプの森が消滅、オオカミを駆逐した森林はシカに食い荒らされ、ピューマが消えた谷では川岸が崩壊。生態系において頂点捕食者が果たしている役割を明らかにし、生物多様性の危機に警鐘を鳴らすサイエンス本。単行本(文藝春秋)出版は2010年9月です。

 「まずは、人間が入り込み、ピューマを追いだしたことに始まる。それがミュールジカのイラプションを引き起し、ハコヤナギが枯れ、川岸が崩れ落ち、野草が消え、その花の蜜を吸い葉に繭をかけていたチョウやガがいなくなり、それらを追って灌木の茂みをちょろちょろ走り回っていたトカゲが姿を消した」(単行本p.236)

 「北太平洋沿岸の最も豊かな生態系は、ラッコがいなければ丸裸になってしまう。(中略)海岸の食物連鎖のピラミッドは、最終的に上から支配されていることになる。かわいらしい、ウニを食べる肉食動物によって」(単行本p.95)

 「じつに驚きだった。オオカミが川を管理していたのだから」(単行本p.221)

 生態系のバランスを維持しているのは、その頂点にいる捕食者(トップ・プレデター)である。もし頂点捕食者が絶滅すれば、下位の中間捕食者が爆発的増加(イラプション)を起こし、植物が食い荒らされ、土壌が損なわれ、最終的に生態系全体が崩壊する・・・。

 生物多様性に富んだ潮溜りにいるヒトデを取り除いたところ、イガイが激増して他の種を全て駆逐してしまい、生態系としての潮溜りは死んでしまったという古典的研究から始まって、「頂点捕食者こそが生態系を維持している」という実例が、本書にはいたるところに登場します。

 北米大陸の森では、オオカミが駆除されたためシカが激増して樹木の若芽を食い荒らし、森林全体が枯死しつつある。ピューマがいなくなった峡谷は、「チョウの消滅や川床の崩壊に至るまで、生態学者が壊滅的なレジームシフトと呼ぶ状態に陥っていた」(単行本p.237)。

 北太平洋沿岸の事例は、食物連鎖の複雑さをよく表しています。すなわち、捕鯨によりクジラが減少する、獲物が不足したシャチがラッコを襲うようになる、ラッコがいなくなった海ではウニが激増し、ジャイアントケルプの森が食い荒らされて消滅、それが支えていた生物多様性(陸上の熱帯雨林に相当する)が失われ、あたりは死の海と化してしまう。

 あるいは、ダム湖に沈んだ南米の熱帯雨林の事例。沈まずに残った区域では、捕食動物が滅びたためハキリアリが大繁殖。「面積当たりの個体密度は本土の100倍に達した。(中略)ジャングルの荒廃もやはり発疹のように広がっていった」(単行本p.145)。この研究事例が私たちにとって衝撃的なのは、そこに霊長類であるホエザルの群れが棲息していたことです。

 「アカホエザルはもはや群れを作らなくなり、(中略)激しい喧嘩をして傷つけあう。赤ん坊ザルはまったく遊ぼうとしない。サルたちは日に日に痩せてゆく。子殺しが頻発する。そしてグリ湖のアカホエザルは、もはや吠えなくなっていた。(中略)捕食動物のいない楽園であるはずのこの地で、本来集団を本性とするサルたちは地獄の独房に囚われていた」(単行本p.143-144)

 地球という閉鎖生態系から、頂点捕食者である大型動物を絶滅させ、さらにオオカミ、ライオン、チータ、ハイイログマなどを殲滅しつつある霊長類、つまり人類の未来を暗示しているようで気が重くなります。

 それにしても生態系というものの、いかに脆弱であることか。何しろ頂点捕食者は(食物連鎖ピラミッドからも明らかなように)頭数が最も少ない種であり、その少ない種に全てがかかっているというのですから。

 それを知るのは驚きであると同時に、恐怖でもあります。生物多様性を守るためには、頂点捕食者の再導入を含む人為介入が必要不可欠になっている、もはや自然は「手をつけずに保護しておく」だけでは勝手に崩壊するところまで弱っているというのです。私たちの祖先が世界中の大型捕食獣を殲滅してしまったおかげで。

 本書は、北米大陸への頂点捕食者の再導入プロジェクトについても解説してくれます。もちろん政治的な反発は極めて強く(裏庭に猛獣を放つというのか)、中間捕食者の頭数調整ですら難航(可愛いバンビを殺すなんて許せない)、前途多難です。しかし、生態学者たちはくじけることなく努力を続けています。

 動物の頭数を数え続けることに人生を費やした研究者、世間と学界の両方を敵に回して何十年も粘り強く主張し続けた研究者、夫婦でヘラジカのコスプレをして群れに混ざって観察した研究者。本書には、生態系という複雑なシステムを理解するために、あらゆる努力を惜しまない、真に驚嘆すべき研究者が多数登場します。彼らのおかげで、私たちは地球全体で進行しつつある事態をおぼろげながら知り、そして対策を講じるわずかなチャンスを手にしているのです。

 というわけで、生態系や食物連鎖といった大きな視点で生物多様性保護について考えたい方にお勧めのポピュラーサイエンス本です。エコロジー(生態学)というと「エアコンのスイッチをまめに切る」といったイメージしかない方にも、是非読んで頂きたい一冊です。


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