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『殺人者の空  山野浩一傑作選II』(山野浩一) [読書(SF)]

 60年代から70年代にかけて和製ニューウェーブ運動の旗手として活躍した伝説的作家の傑作選、第一弾が『鳥』で、第二弾は『空』。表題作ほか『メシメリ街道』など、SF的設定を用いて独自の内宇宙を構築する短篇8篇を収録。文庫版(東京創元社)出版は2011年10月です。

 後期作品も数多く収録されており、その迫力には恐れ入ります。タイムトラベル、超能力、電子頭脳といったいかにもSF的なガジェットを扱っても、気がつくと著者独特のインナースペースに引きずり込まれて。この読書体験はかなり中毒性あり。

 個人的に気に入った作品を掲載順にいくつか挙げると、まずは冒頭に置かれた代表作の一つ『メシメリ街道』。歩道橋も横断歩道もなく、車両が間断なく走り続けている巨大な道路、メシメリ街道。何とかその向こう側に渡ろうとする語り手は、なすすべもなく翻弄されます。そして時刻は常に正午。

 若いころ読んだときはその不条理感に驚かされました。今になって読むとそれほど不条理ではなく、むしろ比喩や風刺性があからさま(昭和社会における「メインストリーム」の暗喩だな、など)と感じられるのは、読者として成長したのか、それとも愚かになったのか。

 『Tと失踪者たち』は終末テーマSF。何の原因も前触れもなく不意に人間が消滅する現象が広まり、既に人口の大半が消えてしまった日本。廃墟と化した郷里から東京まで、無人の荒野を孤独に旅する語り手。だが東京もすでに壊滅しており、わずかに残された人々も次第に消えてゆくのだった。

 「静かな終末」風景を扱ったSFは数多いのですが、これほど印象的な作品は少ないのではないでしょうか。発電所や犬の使い方が巧い。

 表題作『殺人者の空』は、全共闘による大学闘争の時代を背景に、セクト間の内ゲバで起きたリンチ殺人を扱っています。

 大学や政府を打倒し真のプロレタリアート革命をなし遂げんとする大学自治会反主流派に属する語り手Yは、対立する党派のオルグ活動をしていたKを正当な革命的行為(つまり内ゲバ)で殺してしまう。ところが、被害者は偽学生であったことが判明、しかもどこのセクトにも該当者がいない。Kは全くの不在者だった。やがてYの周囲には、Kと思われる不審人物が出没するようになり・・・。

 若い人が読んだら「背景世界設定がよく分かりません」と真顔で言い出しそうな、学園紛争真っ盛りの「あの時代」の気分を当事者視点で書いています。殺人者Y、被害者K、ともに作者自身であると思われ(Y・Kは「山野浩一」のイニシャル)、二人の関わりはそのままインナースペースへと転がってゆきます。本作に限らず、どの山野浩一作品をとってみても、どこか「あの時代」の空気が感じられるような気がしてなりません。

 そして、個人的に最も気に入ったのは、『内宇宙の銀河』です。タイトル通り内宇宙テーマの作品ですが、現実が融解してインナースペースと混じり合ってゆく様が実に見事に書かれており、ぐいぐい引きつけられます。バラードやディックの個人的に好きなところを集めて凝縮させたような、そんな感じ。素敵。

 他にも、この作者にしては珍しい本格タイムトラベルSFあり、美人超能力者に出会って逃走劇に巻き込まれるというベタな話あり、森の奥で静かに樹木に同化してゆく不思議な話あり、登山体験を緻密に描いたリアリズム小説だと思わせておいてまたもやという話あり、バラエティに富んだ作品が収録されています。

[収録作]

『メシメリ街道』
『開放時間』
『闇に星々』
『Tと失踪者たち』
『φ(ファイ)』
『森の人々』
『殺人者の空』
『内宇宙の銀河』
『ザ・クライム(The Crime)』


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