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『植物診断室』(星野智幸) [読書(小説・詩)]

 シリーズ“星野智幸を読む!”、第12回。

 幼い息子に対して「暴力的でも抑圧的でもない成人男性のロールモデルになってほしい」という風変わりな依頼を受けた草食系男子。「独身男+母子」という家族の新しい形を模索する長編。夫でも父でもなく、ただ子供の精神的成長への影響のみ担うという「父性」は成立するのか。単行本(文藝春秋)出版は2007年1月です。

 主人公は、人づきあいにも恋愛にも興味がない三十代の独身男性。マンションの高層階に一人で住み、ベランダに土を敷きつめてそこに様々な植物を繁茂させています。趣味は徘徊。知らない町の細かい路地をくまなく歩き回ってゆく様子は、さながら土中に根毛をのばしてゆく植物のよう。

 いわゆる草食系というか、むしろ植物系というべき人物です。さらに彼は催眠状態で「植物に成りきった自分」を想像して癒されるという、何だか怪しげなセラピー「植物診断室」に通っていたりもします。植物になりたい、植物になって一人で静かにただ生きていたい、というのが願望。

 そんな彼が、離婚した後に二人の幼い子供を育てている女性から風変わりな依頼を受けます。元夫は支配欲の強い、暴力的、抑圧的な男で、上の息子がその影響を受けて成長するのを何としても避けたい。だから全く違うタイプの男である主人公に、息子の精神的成長に対して影響を与えてやってほしい、というのです。

 依頼を引き受けた主人公は、母子家庭に対して「暴力的でも抑圧的でもない成人男性というロールモデルを提供する」という仕事に取り組むことになります。母子と独身男性という組み合わせは、はたして家庭の新しい形を生み出すことが出来るのでしょうか。

 これまでの作品では、独身者だけのコミュニティを扱った『毒身』、死んだ後に植物になることを切望する女性が登場する『アルカロイド・ラヴァーズ』を連想させます。しかし、旧作に見られたような追い詰められた切迫感や憤激は感じられず、かすかな希望と静かな悲しみのようなものを感じさせる静謐な物語になっているのが印象的です。

 主人公の人物造形はかなり極端ですが、共感する、あるいは好感を持つ読者も多いんじゃないでしょうか。特に、家族関係に暴力性や支配欲を持ち込むことを隠そうともしないで、むしろ誇らしげにそれを「男らしさ」とか「父親の役割」とかいう男に辟易している方など。

 ヒロインの試みは、こういった旧弊な「男らしさ」や「父性」の再生産をくい止めるための草の根抵抗運動だと見なしてよいかと思います。ラスト近くで、靖国神社参拝問題がちらりと登場して、本作のテーマが単なる家庭内だけの問題ではなく国の構造そのものに深く根を下ろしていることが暗示されます。でも大きな話にするのを嫌ったのか、さらりとかわしてしまいますが。

 ラストに残されたのは、かすかな希望なのか、深い諦観なのか。いずれにせよ、いっけん軽めの家族小説のように見せかけて、実はかなり過激なフェミニズム小説なのではないか、という気がします。文章も含めてこの著者にしては非常に読みやすい作品で、単に「草食系男子が幼い子供やその母親と家族ごっこをする話」として読んでも充分楽しめますが。


タグ:星野智幸
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