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『時の地図(上)(下)』(フェリクス・J・パルマ) [読書(SF)]

 時は19世紀末、場所は英国ロンドン。恋人を救うべく切り裂きジャックと対決した青年の運命は。人類と機械との最終決戦を見物する西暦2000年ツアーの驚異。ヘンリー・ジェイムズ、ブラム・ストーカー、そしてH.G.ウェルズの三人が集まったとき、明らかにされる「時の地図」の秘密とは。想像力によって時間を超える冒険とロマンスの物語。文庫版(早川書房)出版は2010年10月です。

 『SFが読みたい!2011年版』においてベストSF2010海外篇第3位に選ばれたタイムトラベルラブロマンスです。19世紀末の英国を舞台に、H.G.ウェルズをはじめとする著名人たちが次から次へと登場します。

 とにかく物語の面白さに翻弄される大作。ああ、こういう話かと思っていたらいきなりひっくり返され、そういうことかと納得したら、また引っかけられ、話がどこに向かうのか、どう決着するのか分からないまま、最後までひっぱり回される、この幸せ。

 全体は三部構成で、各部はほぼ独立した中篇として読むことが出来ます。それらが互いに組み合わさって大きな物語を構成してゆく様は感動もの。SFに見せかけた一般小説なのか、そう見せかけたSFなのか、にわかには判断がつかないところが実に素晴らしく魅力的。

 第一部は、切り裂きジャックに恋人を殺された青年が、『タイムマシン』の著者であるH.G.ウェルズ氏に依頼してタイムマシンを借り、惨劇が起こる前にタイムトラベルして、凶行を未然に防ごうとします。

 ここで読者は、タイムパラドックス、それによる時間分岐といった、タイムトラベルものの基本を学ぶことが出来ます。

 第二部は、未来の荒廃したロンドンを見物するツアーに参加した、うら若き令嬢のラブロマンス。

 西暦2000年、長く続いた人類と機械兵団との最終決戦が行われ、そこで人類を率いる英雄が勝利する。この歴史的瞬間を見物していた彼女は、その英雄に恋をしてしまう。

 やがて19世紀に戻った彼女は、彼との間で熱烈な手紙のやりとりをすることになるが、彼の手紙を代筆しているのが実は『タイムマシン』の著者であるH.G.ウェルズ氏であるとは夢にも思わなかったのだった。

 ここで読者は、ジャック・フィニイ『愛の手紙』に代表される“時を超えてやりとりされる手紙”という基本パターンに馴染むと共に、タイムパラドックスを回避するために定められた通りに行動しなければならない、という因果律を逆転させたタイムトラベルものの基本的なストーリー展開を学ぶことが出来ます。

 そしていよいよ第三部。ロンドンのあちこちで、熱線銃で撃たれたとしか思えない奇怪な死体が発見される。ロンドン警視庁は、人類と機械が戦っている未来から送り込まれてきた暗殺者が誰かを殺して歴史を変えようとしていると推測する。(ここで読者は登場人物リストを再確認するでしょうが、「サラ・コナー」という名前はそこにはありません)

 一方、死体の側の壁には不可解なメッセージが残されており、それを新聞で読んだ三人の作家は震え上がる。なぜなら、それは自分以外には誰も知らないはずの執筆中の自作作品の一部だったから。誰に、どうやって、そんなことが出来たのか。そしてその目的は。

 こうして、『ねじの回転』の著者であるヘンリー・ジェイムズ氏、『ドラキュラ』の著者であるブラム・ストーカー氏、そして『透明人間』の著者であるH.G.ウェルズ氏の三名が、謎の犯人からの招待を受けてロンドンの幽霊屋敷に出向くことになる。彼らを待っていた驚愕の真相とは。

 歴史改変と時間分岐を縦横無尽に駆使した奇想が展開される第三部。たとえSFを読んだことがない読者でも、第一部と第二部で基本を学んでおけば充分に楽しめるはずです。すれっからしのSF読みも、後半に展開されるH.G.ウェルズ氏の大冒険には大喜びでしょう。

 文章の見た目は歴史小説のように重厚ですが、決して読みにくいということはありません。随所に仕掛けられたユーモア、ときどき乱入してくる著者、そして狂言回しとして使い倒されるH.G.ウェルズ氏のキャラクターなど、むしろ軽妙という印象が強い。一つ一つの物語が魅力的で、意外な仕掛けも随所にあり、また巧みに織りまぜられた史実と定番SFネタのコンビネーションがまた実に楽しい。

 というわけで、SF読者も、19世紀末ロンドンを舞台としたファンタジーが好きな方も、一般小説の読者も、誰もが楽しめる作品です。ストーリーテラーの手にかかるとタイムトラベルものの基本パターンだけでここまで面白い物語が出来るというお手本のよう。

 SF読者としては、タイムマシンがなくても、想像力さえあれば時を超えることが出来るという、どこかSFの原点を再確認するような感動を覚えました。


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