SSブログ

『WANTED!! かい人21面相』(赤染晶子) [読書(小説・詩)]

 『乙女の密告』で芥川賞を受賞した赤染晶子さん、待望の受賞第一作。高校のバトン部で、じゅうたん工場で、京都の綾小路家で。またもや、わけの分からない妄念に追い詰められてゆく乙女たちの滑稽さと哀愁に満ちた青春が描かれます。単行本(文藝春秋)出版は2011年8月。

 香り立つ昭和のにおい、魅力的な京都弁、意味不明ながら切実この上ない妄執、短い文章の積み重ねから生ずるハンパない追い詰められ感、滑稽さと哀愁、そして乙女たちの友情、あるいはボケつっこみ。

 赤染晶子さんが繰り広げる京都乙女ワールドは強烈な中毒性に満ちており、第一単行本『うつつ・うつら』でやられてからというもの、とにかく著作が出るのを待ち続けています。

 『乙女の密告』が芥川賞を受賞して単行本として出版された後、ようやくそれまでに書かれた中篇と、受賞後第一作を含む新しい作品集が出ました。それが本書です。三篇が収録されています。

 収録作品中、最も古いのは、2006年に発表された『恋もみじ』。

 じゅうたん工場を舞台とした女工哀史。文字に対する不可解な妄執に突き動かされて訳の分からない言動をとる女工たち、というのがいかにも作者らしい。初期作品『うつつ・うつら』と印象が似ており、全体的に生真面目さが伝わってきます。

 次に古いのは、2009年に発表された『少女煙草』。

 京都の綾小路家の夫人は、実は偽物だった。本当の夫人はとうに実家に帰ってしまい、家政婦が夫人に成り済ましているのだ。そんな偽夫人は、死にゆく「夫」の世話をしながら、彼の元愛人のもとを訪ねてみることにする。一方、本物の夫人が不意に帰宅してきて。

 ちょっとしたミステリーかサスペンス小説になりそうな設定ですが、当然のことながら、そんな方向には進みません。

 あたい十七歳のときにはマリリンって呼ばれていて、大好きな人と駆け落ちしたんだ、でもあの人は駅に来なかった、あんたの名前を覚えているよ、それを宝物にして生きてきたよ、この年になってやっとあんたに手紙を書いたよ。

 いったいどこの中島みゆきですか、てな世界がためらいもなく展開。気がつけば読者も昭和歌謡感覚にどっぷりはまり込んでしまいます。しかし、さらにそこから跳んでゆくのが赤染ワールド。二人の乙女(年齢はともかく)の哀切極まりない、そして滑稽な友情の物語に、感動せずにはいられません。

 そして最新作は、2011年発表の表題作『WANTED!! かい人21面相』。

 『乙女の密告』と同じテイストの作品です。高校のバトン部に所属する二人の乙女の友情やら何やら、訳の分からない奇矯な青春がユーモアたっぷりに書かれる作品。

 昭和最大のミステリーと云われるグリコ・森永事件。「かい人21面相」を名乗る犯人グループが世間を騒がせていた頃。語り手の友人は、バトン部の顧問の先生って、かい人21面相ちゃうか、と言い出します。

 バトン部の中でも孤立してゆく二人。かい人21面相はこの町に潜んでいるのか。もはやいるはずもない「他者」の存在にすがるしかないところまで追い詰められる語り手。やがてレギュラーの座を外された友人は、腹いせに警察へ密告電話をかけるのだが。

 よく分からない妄念にきりきり追い詰められてゆく感覚が実に素晴らしく、ときどきボケつっこみが入って笑わせる作風も健在。これは癖になります。私見ながら、アウシュビッツをからませた『乙女の密告』より、「グリコ・森永事件」を使った本作の方が、はるかにしょぼくていい感じになっていると思います。

 というわけで、緊迫感と哀愁と滑稽さがいずれも過剰に詰め込まれた作風で、その文章のリズムも癖になります。『乙女の密告』を面白いと感じた方なら、きっとハマるでしょう。次に単行本が出るのはいつのことでしょうか。いくつか残っている単行本未収録作品を集めてさっさともう一冊出してほしい。そう思います。

[収録作品]

『WANTED!! かい人21面相』
『恋もみじ』
『少女煙草』


タグ:赤染晶子
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0