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『青の物理学  空色の謎をめぐる思索』(ピーター・ペジック) [読書(サイエンス)]

 空はなぜ青いのか。子供が抱くようなこの単純な疑問に答えるために必要とされた1000年にもおよぶ長い探求の旅。青空という身近な現象が、光学、気象学、文学、美学、原子論、天文学、そして量子論をつなげてゆく壮大なドラマを活き活きと描いたサイエンス本です。単行本(岩波書店)出版は2011年2月。

 ある一つの問題を取り上げて、それが解明されるまでの紆余曲折のドラマを通じて科学と科学者の姿を紹介するというのは、ポピュラーサイエンス本の定番といってもよい手法ですが、そういう問題は例えば「宇宙のはじまり」であるとか「物質の根源」であるとか、いかにも壮大なドラマを予感させるものになりがちです。

 ところが本書で取り上げるのは、空はなぜ青いのかという、単純というか素朴というか、いかにも簡単に解けてしまいそうな問題。

 ところがところが。アリストテレス、ダ・ヴィンチ、デカルト、ゲーテ、フンボルト、ケプラー、ニュートン、オイラー、チンダルといった人類最高の賢人たちが取り組んでもなお解けなかったという、これはそれほどまでに深い問題だったのです。

 18世紀後半に至っても「空が青いことと、空の光が偏光していることは、気象学におけるもっとも大きなふたつの未解決の謎である」(単行本p.100)と記されたほどの難問。

 そして19世紀も終わりに至りレイリーの研究がようやく明らかにしたのは、青空こそ「原子論の最も美しい証明」だという、驚くべき結論でした。「空が青色であるためには、原子が実在していなければならないというこの考え方は、衝撃的なほど簡明かつ深い」(単行本p.128)。

 かくして、史上はじめて「空の青さは説明を要する問題だ」と指摘したアリストテレスから始まる長い長い探求の旅は、ついに青空を観察するだけでアボガドロ定数を決定することが出来る、という認識にまで到達するのです。

 光学、気象学、そして原子論をめぐるストーリーに加えて、文学や芸術の立場から「青」がどのようにとらえられてきたのか、脳神経科学の分野でいまだ未解明となっている「色」の認識問題、さらにはオゾン層破壊などの環境問題に至るまで、青空の謎をめぐる様々な話題が縦横無尽に語られます。

 原題の"Sky in a bottle"が示すように、実験室の中で「青空」を再現しようとする実験の数々が登場するのも楽しく、ちなみに付録としてこれらの実験を自宅で(あるいは理科の授業で)やってみたいという読者のためのガイドまでついています。

 また日本語版の巻末には、宇宙・物理関連の啓蒙書で高名な佐藤文隆氏による解説がついていて、「レイリー散乱」についてより詳しく知ることが出来ます。本書で数式が登場するのはここだけです。

 というわけで、ごくささやかに見える疑問からスタートして、様々な分野をまたいだ壮大な探求の物語を明らかにしてゆく、知的興奮を誘う好著です。内容をきちんと理解しようと思えば大学の教養課程くらいの予備知識が求められますが、研究者たちのドラマを読み進めるだけでも充分に楽しめます。


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