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『インフレーション宇宙論』(佐藤勝彦) [読書(サイエンス)]

 ビッグバン理論が抱えていた理論的難点を見事に解決した宇宙の「インフレーション(指数関数的膨張)」理論。アラン・グースと並ぶ提唱者である著者がこのインフレーション宇宙論について一般向けにやさしく解説した一冊です。ブルーバックス新書(講談社)発行は2010年9月。

 ビッグバン理論については、優れた一般向け解説書も多く出ており(個人的には『宇宙創成』(サイモン・シン)がお勧め)、また頭の中でイメージしやすいことから、それなりに理解できた気になれるわけですが、それを補完あるいは拡張する「インフレーション宇宙論」ともなると、解説書を読んでもやたらと難しくて、イメージもつかめず、何が何だかよく分からないというのが、多くの人に共通する悩みではないでしょうか。

 例えば、ウィキペディア日本語版の「宇宙のインフレーション」の項目では、次のように説明されています。(2011年4月15日現在)

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 宇宙は誕生直後の10の-36秒後から10の-34秒後までの間にエネルギーの高い真空(偽の真空)から低い真空(真の真空)に相転移し、この過程で負の圧力を持つ偽の真空のエネルギー密度によって引き起こされた指数関数的な膨張(インフレーション)の時期を経たとする。この膨張の時間発展は正の宇宙定数を持つド・ジッター宇宙と同様のものである。
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 正直に言いますが、何をいっているのか私にはさっぱりでした。そしてそれは私だけではないと信ずるものです。

 そこで、提唱者である佐藤勝彦さん自ら解説してくれたインフレーション入門書たる本書の出番です。

 カルチャーセンターで開催された市民講座の内容を再構成したもので、「専門知識はないけれども、宇宙のことを知りたいという欲求はとても強い」(新書p.186)受講生たちとの質疑応答を通じて、「一般の方にとって宇宙論のどこがわかりにくいのか、どういう点にひっかかってしまい納得できないのか」(新書p.186)を学び、それを活かした解説書となっています。

 とにかく分かりやすいのが特徴で、しかも200ページに満たない新書にインフレーションはもとより、無からの宇宙創世、ダークマター、ダークエネルギー、宇宙の終焉、マルチバース、ベビーユニバース、超ひも理論、膜宇宙論、人間原理といった、宇宙論界隈でかまびすしい話題が次から次へと登場して飽きさせません。

 全体は六つの章に分かれています。

 最初の「第1章 インフレーション理論以前の宇宙像」では、ビッグバン理論の登場までの歴史をざっと眺めます。

 「第2章 インフレーション理論の誕生」ではビッグバン理論が抱えていた難点(特異点の存在、平坦性問題、一様性(地平線)問題、モノポールの不在など)を紹介してから、真空の相転移、そしていよいよインフレーション理論が紹介されます。

 「第3章 観測が示したインフレーションの証拠と新たな謎」では、宇宙背景放射探査機COBE、さらにはWMAP探査機の観測結果が示した宇宙の「ゆらぎ」の特徴が、まさにインフレーション理論が予言する「量子ゆらぎがインフレーションによって引き伸ばされてできた」構造に合致していることが示されます。

 私は大学で工学を学んだ身ですし、理論家よりも実験者、理学者よりも技術屋に親近感を持っている人間なので、理論がどれほど素晴らしいかという話よりも、やはり観測によって裏付けがとれた、という話題にこそ感動を覚えます。

 続いてダークマターの謎が示され、さらに60億年前に第二のインフレーションが起きて宇宙が加速膨張をしていることが解説されます。

 続く「第4章 インフレーションが予測する宇宙の未来」および「第5章 インフレーションが予言するマルチバース」、「第6章 「人間原理」という考え方」は、次から次へと最新の話題が繰り出されてきて盛り上がります。

 ここら辺はじっくり解説して理解してもらうというより、とにかくキーワードを知っておいてもらおうという狙いで書かれているらしく、個々の話題に深入りはせず快速で飛ばしてゆきます。マルチバースや膜宇宙論など、ハードSFによく登場するトピックがてんこ盛りなので、SF読者はよく読んでおきましょう。

 全体的に、理論としての重要点よりも、むしろ素人がひっかかりを覚えるポイントに力点を置いて解説しているところが巧みで、もちろん分かりやすいというのもありますが、何より分かった気にさせるのがうまいと思います。

 例えば、私が以前から密かに心中に抱いていた「宇宙が超光速で膨張したりすると相対性理論に違反しないのか」、「真空エネルギーが無限に生み出されたりするとエネルギー保存則に違反しないのか」といった素朴な疑問というか、納得を拒む「ひっかかり」についてもちゃんと解説されており、さすが市民講座の質疑応答を経てきただけのことはあります。

 「虚数時間という時間が本当にあるのですか?」、「10次元や11次元の時空っていったいどうなっているのですか?」といった素朴な疑問にも、わざわざコラムを設けて回答してくれます。実のところ「単に数学的な操作なので気にしないで下さい」という主旨の回答だったりするんですが、そもそもこういう素人くさい疑問を取り上げてくれた、というだけで親近感を覚えてしまいます。

 本書を読了した後で前述のウィキペディアの記述を読むと、何となく理解できる気になります。気になるだけですが、それだけでもスゴイことだとは思いませんか。

 というわけで、インフレーション宇宙論に関する一般向け入門書としては今のところ最適な一冊だと思います。どうもインフレーション理論がよく分からない、というか今はむしろデフレの方が問題ではないの、という方にもお勧めします。


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