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『猫の一年』(金井美恵子) [読書(随筆)]

 その鋭い批評眼をもって世の中の変なあれこれを辛辣に語る金井美恵子さんの最新痛烈エッセイ集。単行本(文藝春秋)出版は2011年1月です。

 「ご近所の親子三人が医者をしている医院の母親である先生は、ああいうこと書いてるんだもの(と、『目白雑録』のことを例にあげ)、書きながら頭に来て煙草くらい吸いたくなって当然だわよ、と言ってくれるのだが」(単行本p.108)

 というわけで、『目白雑録』と同じく「ああいうこと」を遠慮なく書いた一冊です。サッカーのこと、今は亡き愛猫トラーのこと、禁煙のこと、目の手術のこと、奇妙な言葉使いのこと、経済危機のこと、往年のスターのこと、歳をとるということ。

 様々なテーマについて縦横無尽に語る、というか皮肉る、というか酷評する、というか完膚無きまでに叩き潰した上でさらにトドメの一撃を食らわす、というエッセイがぎっしり。

 「いかにも頭が不自由そうな感じで、なりそこねた気障(スノッブ)というか、育ちが良さそうに上品ぶっている様子が無教養そうである」(単行本p.228)

 なんてストレートに評されるのはまだマシな方で、サッカーをめぐる日本のマスコミ的言説の愚劣さ幼稚さなど、皮肉たっぷりの高度な文章技法をもって徹底的に馬鹿にされます。

 例えば、「ピッチにいるのは変なものが--本来いるはずのないものが--不意にテレビ画面に映ってしまう(中略)意外性」(単行本p.258)として、ゲーム中にどこからともなく走り出てピッチすれすれに走り去った二匹のリス、ピッチすれすれのところでエサをついばむ二羽のスズメ、がテレビに映ったという話をします。ただそれだけなのですが、そのエッセイの表題は「ピッチの上でリス、スズメ、そしてヒデさん」というのです。(蛇足ながら、ヒデさんとは、むろん中田英寿選手のこと)

 毒舌ばかりではなく、亡くなった愛猫トラーの思い出など、しんみりとしたエッセイも多数収録されています。というか、酷評でない温かい文章はトラーの思い出を記した箇所だけと言っても過言ではないのですけど。

 金井久美子さんの美しい装画がフルカラーで多数収録されていますが、表紙のふてぶてしい肖像画をはじめとして、トラーがモデルと思しきトラ猫を描いた絵がいっぱいで、猫画集としても素敵です。

 というわけで、『目白雑録』の愛読者の方、トラー死去のその後が気になる方、厭味と皮肉と罵倒の高度な文章技法を学びたい方(なぜですか)、そして読むだけで自分が頭良くなったかのように錯覚できる金井美恵子さんのうねり続く入り組んだ文章がたまらなく好きな方にとって、見逃せない一冊です。あとサッカーファンも読んでおいたほうが。


タグ:金井美恵子
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