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『マーシィ』(トニ・モリスン) [読書(小説・詩)]

 米国のノーベル文学賞作家トニ・モリスンの作品を、なるべく原著の発表順に読んでゆくシリーズ“トニ・モリスンを読む!”。今回は彼女の第九長篇を読んでみました。原著の出版は2008年。単行本(早川書房)の出版は2010年1月です。

 今作では、17世紀後半の新大陸における、ある農場と屋敷が舞台となります。植民地に渡ってきた白人夫婦と、彼らに奴隷として所有されている三人の女性(ネイティブ・アメリカンの女、混血の娘、そして黒人の少女)が主要な登場人物です。

 ストーリーの中心となる出来事は、主人公である少女が、かつて屋敷で仕事をしていた(そして彼女が激しい恋におちた)鍛冶屋の男のもとに、助けを求めるために旅立つ、というものです。

 危険な森で一夜をあかしたり、迷信深い人々から悪魔と疑われて殺されそうになったり、様々な苦難を乗り越えてゆく彼女の旅路を軸として、そこに至るまでの経緯や背景をそれぞれの登場人物が自分の視点から語ってゆく、というのが前半の内容。

 はたして少女は無事に愛する男のもとにたどり着けるのか、という前半の物語だけでも小説として充分に楽しめますが、やはり本書の主眼は後半の展開にあります。前半の牧歌的とも思えた農場の明るい雰囲気は失われ、登場人物たちの思いやりや絆は絶たれ、誰もが大きく変わってしまう。屋敷は荒れ果て、ただ主人の亡霊がさまようばかり。この暗転は読んでいてけっこう悲しいものがあります。

 母親から捨てられ、新たに得た家族もなくし、恋人からは拒絶され、何もかも失った孤独な主人公が、闇の中ランプの乏しい光のもと、ひたすら自分の物語を床に彫りつけてゆくという壮絶なシーンの後、彼女を「捨てた」母親、その彼女を「買った」主人の行為、それはいずれも慈悲(マーシィ)の行為だったと語られますが、その言葉はおそらく主人公には届かないのでしょう。

 奴隷、そして奴隷を所有する側、それぞれの登場人物が何を失ったのかを通じて、「自分の人生を所有してない」ということが実際にはどういうことなのかを書いた物語です。この著者の長篇としては比較的シンプルな構成で、登場人物数もページ数も少ないのですが、その切れ味は代表作『ビラヴド』にも劣りません。というか『ビラヴド』と合わせて読むことをお勧めします。

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