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『ラヴ』(トニ・モリスン) [読書(小説・詩)]

 米国のノーベル文学賞作家トニ・モリスンの作品を、なるべく原著の発表順に読んでゆくシリーズ“トニ・モリスンを読む!”。今回は彼女の第八長篇を読んでみました。原著の出版は2003年。単行本(早川書房)の出版は2005年3月です。

 どうもトニ・モリスンの長篇作品は、デビュー作から数えて奇数番目の作品と偶数番目の作品で傾向が分かれるような気がします。奇数番目は、第三長篇『ソロモンの歌』、第五長篇『ビラヴド』、第七長篇『パラダイス』という具合に、多数の登場人物が織りなす複雑で重層的で神話的なストーリーを特徴とする大作ばかり。

 これに対して、第二長篇『スーラ』、第四長篇『タール・ベイビー』、第六長篇『ジャズ』といった偶数番目は、特定の人間関係を中心に置いて、周囲の様々な登場人物の視点からその関係(友情や愛情、軋轢、裏切り、和解など)を浮き彫りにしてゆく、比較的こじんまりとした作品となるようです。

 第八長篇となる本作は、そんな「偶数番目」の総決算とも思える傑作です。

 黒人用の高級ホテル・リゾートの経営で財をなした富豪、彼の孫娘、そして老齢となってから彼が結婚した幼い後妻、この三名の人間関係が中心となります。かつては親友だった二人の少女は、この結婚によって引き離され、やがて対立し、憎み合うようになります。

 富豪が死亡し、その財産が後妻に引き継がれたとき、長いこと家を離れていた孫娘が戻ってきて財産権を主張したことから、たちまち巻き起こる激しい遺産相続争い。いがみ合い、憎しみあいながら、しかしお互いを必要とする二人は、やむなく互いに監視し牽制しあう奇妙な同居生活を始めることになるのでした。

 親友だった二人の少女が社会的な力により引き離され、やがて対立と軋轢に苦しみながらも、どこかで友情を保ち続ける、というプロットは、明らかに第二長篇『スーラ』の発展形でしょう。

 舞台となる高級ホテルリゾート、富豪とその妻と親戚、使用人夫妻、その孫の激しい恋愛、といった舞台仕立てからは、第四長篇『タール・ベイビー』を連想せずにはいられません。

 葬儀の場における諍い(女性が別の女性にナイフで切りつけようとする)や、ときどき挟み込まれる謎めいた女性の回想など、第六長篇『ジャズ』で使われたモチーフや音楽的な語りの技法も見事に活かされています。

 このように、これまでの偶数番目の長篇を集大成したような作品ですが、その密度と完成度は驚くべきものです。主役となる二人の女性の関係を中心に、様々な登場人物の物語が語られ、次第に全体像が見えてきた頃には、もう最終章にたどり着くという、短く、無駄のない、研ぎ澄まされた、ナイフのような切れ味。

 最終章では、『スーラ』でついに叶わなかった和解と友情の回復が描かれるのですが、その感動的(あるいは感傷的)なことときたら、胸がつまり、涙が出てきます。いや本気で泣けるので、最終章を電車の中で読むとか、そういうチャレンジは避けた方がいいと思います。

 最後の最後に、ええ、驚愕のどんでん返しが待っています。トニ・モリスン作品でこういうミステリ的な仕掛けが用意されたのは初めてだと思うのですが、これが見事に決まっています。明らかになる意外な真相。色々と腑に落ちなかった謎めいた記述に意味が通り、作品全体の本当の構図が鮮やかに提示されます。誰が二人を引き裂き、誰が二人をつなぎ止めたのか。タイトルの意味するところ。そして驚きの後にやってくる、静謐で美しい、感動的なラストシーン。二度泣き必至。

 というわけで、個人的には、トニ・モリスンのこれまでの作品で最も気に入りました。単行本で300ページにも満たないごく短い長篇ですが、トニ・モリスンの高度な語りの技法が詰め込まれているので、一行一行に注意を払いながら丁寧に読み進める必要があります。ですが、その苦労は最終章で報われます。おそらくは感動の涙とともに。

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