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『ジャズ』(トニ・モリスン) [読書(小説・詩)]

 米国のノーベル文学賞作家トニ・モリスンの作品を、なるべく原著の発表順に読んでゆくシリーズ“トニ・モリスンを読む!”。今回は彼女の第六長篇を読んでみました。原著の出版は1992年。単行本の出版は1994年11月、私が読んだ文庫版の出版は2010年2月です。

 田舎の比較的小さな黒人コミュニティが舞台となることが多かったこれまでの作品と違って、本作では初めて大都市(ニューヨーク)が舞台となります。時代は1920年代。登場するのは、南部での奴隷生活から脱して都市部に移住してきた黒人たち。彼らが自分たちの民族音楽を元に都市生活の中で発展させていった音楽こそ、タイトルにもなっている「ジャズ」というわけです。

 いわば本作は「ジャズ」が生まれ発展した社会背景をえがいた小説であり、また作品自体が、訳者の解説によると「意識的に音楽のリズムを文体に移そうとする大胆な実験」なのだそうです。

 ストーリー展開自体はひどく単純、というか事実上ないも同然。まず全体の核となる出来事が最初に提示されます。ある男が、愛人であった少女を射殺します。葬儀のとき、男の妻が乱入して、少女の遺体にナイフで切りかかる。これだけです。

 男とその妻、被害者の少女をはじめとして、その両親や兄弟や友人、事件の関係者など様々な人々の人生が語られ、なぜ男は少女を殺したのか、なぜ妻は夫ではなく死者に切りかかったのか、その謎が次第に明らかにされてゆく小説、だと思って読み進めるわけですが、実はそういう作品ではありません。

 様々な出来事や人生が次から次へと饒舌に語られますが、それは特定のプロット(例えば男が少女を撃つに至った動機が解明される等)に向けて収斂してゆくような気配は見せず、語りそれ自体が躍動して次の語りを生み、話は一見無秩序に思えるほど奔放に広がってゆきます。

 奔流のように勢いよくほとばしる言葉は、気を抜いて読んでいると、誰が誰について何を語っているのか見失ってしまうほど。ストーリーの流れや全体像を把握しよう、などと思いながら読むと混乱をきたします。語りの内容ではなく語りそのもの、文章の響きとリズムを楽しむべき作品です。私はジャズについて何も知らないのですが、おそらくジャズの様々な技法や要素が言葉として表現されているのでしょう。

 奴隷制や人種差別や家庭問題により人生を歪められ押しつぶされた人々が、愛するということを取り戻し、それにより心と魂を回復させてゆく。説明するといかにも嘘っぽくなってしまうそんな癒しと救済の物語を、とてつもない語りの技法を駆使して音楽的に響かせる。読み手の側にも能動的な鑑賞努力が求められる作品ですが、読み終えた後も数多くの主題や旋律が心に鳴り続ける、『ジャズ』はそんな小説です。


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