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『ソロモンの歌』(トニ・モリスン) [読書(小説・詩)]

 米国のノーベル文学賞作家トニ・モリスンの作品を、なるべく原著の発表順に読んでゆくシリーズ“トニ・モリスンを読む!”。今回は彼女の第三長篇を読んでみました。

 原著の出版は1977年。全米批評家協会賞を受賞した、トニ・モリスンの出世作です。翻訳版の出版は1979年。トリ・モリスン・コレクション『ソロモンの歌』として改訂版が出たのが1994年9月。私が読んだ文庫版は、2009年7月に出版されています。

 前二作の主人公は女性でしたが、今作で初めて男性が主人公となるのが最大の特徴でしょう。

 ある事情でミルクマンというあだ名をつけられた黒人の少年が、成長の過程で自分を取り巻く人々の秘密を知ってゆく。両親の激しい対立。父と叔母の間にある深い確執。祖父の死をめぐる謎。そして気の置けない親友が、実は白人憎悪に凝り固まって無差別殺人に手を染めているという恐ろしい事実。

 やがて彼の人生を支配しようとする両親や、彼を憎悪する姉、彼を殺そうと付け狙う恋人など、様々な人間関係が嫌になったミルクマンは、町を出て自分の家系のルーツを探し求める一人旅を始める。だが、そんな彼を裏切り者と見なした親友が、彼を抹殺すべくあとを追ってくることを、ミルクマンは知るよしもなかった・・・。

 思わず息をのむような劇的なストーリー展開、暴力的な挿話、迫力ある生々しい描写。それでいて全体を豊かに包みこむ神話的な象徴性。今そこで起きている出来事でさえ昔話のようにあっさりと語っていたこれまでの作品と違って、はるかに直接的でくっきりとした語り口の小説です。おそらく主人公が男性なので、そういう表現が用いられているのでしょう。

 著者が男性に向けるまなざしは相当にシニカルなようで、これまでの作品でもたいていは酒を飲んで女を殴るような男ばかりが登場していました。本作の主人公ミルクマンも、そこまで粗暴ではないものの、その支配欲や、人生に対する本質的な無責任さなど、いかにも「男らしい」人物として書かれています。

 家族や親戚との関係を「自分を拘束してくるやっかいごと」と見なし、ほとんどの人間関係を被害者意識でとらえる感覚、自分の人生に対する当事者意識の欠如など、まあ何というか、個人的にも思い当たる点が多々あり、苦々しい共感を味わいました。

 最後には主人公も、自分がどれほど幼稚に振る舞っていたのかを悟って少し大人になるのですが、もちろん運命は容赦してくれません。これまでのツケが、神話的なやり方でもって、しっぺ返しをくらわしてくるのです。

 男性視点で書かれているせいかも知れませんが、人種差別の問題が本作ではこれまでの作品よりもストレートに取り上げられています。差別を糾弾するというよりも、それによって差別される側の心がどのように歪むか、そして被差別グループ内部でどのような軋轢が生まれるのか、といった点に焦点が当てられているせいで、そこには切実に訴えてくる力があります。

 様々な登場人物の人生が、ときには三代くらいまでさかのぼって、事細かに語られるのはこれまでの作品と同じですが、何気ない小さなエピソードが後から伏線として生きてきたり、同じ物語が語り手によって全く異なる印象を与えたりと、小説としての厚みや面白さも増しています。後半になると、通俗的なサスペンス小説、犯罪小説、冒険小説のようなシーンも多くなり、大いに楽しめました。

 というわけで、まずは初期三作のうち小説としての面白さでは本作がずば抜けていると思います。ただ、多くの女性読者が『スーラ』の方を好む、というのも何となく分かります。主人公が、何というか、あまり好きになれないタイプの男なので、というかリアルな男なので、ちょっと幻滅するのではないでしょうか。


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