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『タマや』(金井美恵子) [読書(小説・詩)]

 金井美恵子さんの代表作の一つ「目白四部作」の第二作です。単行本出版は1987年11月。私が読んだ文庫版は1999年6月に出版されています。

 『文章教室』は視点人物が次々と交替する三人称小説でしたが、本作は貧乏カメラマンである若い青年「ぼく」の一人称で語られます。

 話は、ある女性を中心として展開されるのですが、何と彼女は作中にはついに登場しないのです。彼女が起こした波紋の顛末を描く作品というか、不在の中心というか、まあそういうわけです。

 複数の男性とつきあっていた彼女は、妊娠したと言って父親候補たちからお金を巻き上げた挙げ句、借金を踏み倒して失踪してしまいます。彼女の腹違いの弟と称する謎のハーフが「ぼく」のところにやってきて、彼女が残していったタマという猫を押しつけるところから話は始まります。

 押しに弱い「ぼく」は、彼女の妊娠にまんざら心当たりがないわけでもなく、仕方なくタマを引き取りますが、その日のうちにタマは押し入れの中で仔猫たちをぽろぽろ産み落としたのでした。

 「ぼく」の狭いアパートに訪れた災難はそれだけでは終わりません。タマを押しつけたハーフまで転がりこんできて居ついてしまうのです。さらに、彼女の恋人の一人である精神科医がやってきて、彼女から連絡があるとしたらここだからという理由で居すわることになります。しかも彼は「ぼく」の異父兄弟であることが判明し、事態はいっそうややこしく。

 こうして、狭いアパートで繰り広げられる、むさ苦しい駄目男(語り手含む)三人と育児中の猫の共同生活。何の展望も計画もなく、だらだらと続くこの見苦しい生活のあれやこれやを「ぼく」の視点から書き綴ったのが、すなわち本書『タマや』というわけ。

 何ともユーモラスな作品で、男連中のしょぼさ、とぼけっぷりには思わず失笑してしまいますし、タマの「我関せず」ぶりも笑いを誘います。何度か繰り返されるタマの描写がこれまた素晴らしい。

 「あたしは死ぬんじゃないかしら、ネエ、ネエ、あたしって死ぬんじゃないかしら、ネエ、ネエ」と聞こえる鳴き声。「見ててごらんなさいよ、日に日にこの、あんたの言う腐ったひょうたんて言うかネズミみたいに貧相に見える仔猫たちが、すっごく可愛くなるんだから、とでも言いたそうな勝ち誇った顔付き」。

 個人的に気に入ったのは、ある登場人物が、猫は「やーらか」な感じがすると言い出すシーン。なぜか。「や」という字は、上にのびた耳二つ、後ろを振り返った顔、前脚、に見える。「ー」は胴体。「ら」の字はちょっと曲げている後脚の右、「か」の字は尻と後脚の左、そしてもちろん尾。横書きで「やーらか」と書くと猫に見えるじゃないか・・・。

 というわけで、三人の若者と赤ちゃんの共同生活、というパターンの変形として楽しめますし、猫小説としても素敵な作品です。『文章教室』ほど辛辣でもなく、長編としてはごく短い作品なので、素直に笑いながら一気に読んでしまいました。


タグ:金井美恵子
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