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『下りの船』(佐藤哲也) [読書(小説・詩)]

シリーズ“佐藤哲也を読む!”第8回。

 佐藤哲也さんの著作を出版順に読んでゆくシリーズ。今回は、早川書房「想像力の文学」に収録された長編。単行本出版は2009年7月です。

 前作『サラミス』から四年半、待ちに待った佐藤哲也さんの最新作です。大いに期待しつつ読みましたが、こ、これは、凄い。壮絶な傑作です。佐藤哲也さんの本を読んで泣いたのは初めて。

 様々な人々の生活や体験を断片的に描写したごく短い情景を積み重ねることで、ある惑星に強制移住させられた移民たちを待ち受ける辛酸と過酷な運命を描いた作品ですが、SF色は極めて薄く、むしろ歴史ファンタジーの感触が強くなっています。

 ここに書き出されているのは、人間の変わらぬ愚行と非情、人間性を徹底的にすりつぶしてゆく機械としての社会システム、貧困と戦争が互いに支えあいながら飽くことなく人を喰らい続けるその様。わざわざ他の恒星系まで行かなくとも、昔もそして今も、この惑星上で行なわれている人間の普遍的な営為が、恐ろしく冷徹な筆致で書きつづられています。

 内面描写や説明を極力省いた無駄のない簡潔な文章が思わずぞっとするような効果を上げているのが見事で、特に後半、読んでいて引きずり込まれそうな強烈な読書体験に目眩を起こしそうです。読後、胸がつまり、涙がこぼれました。

 『妻の帝国』を思い出しますが、本作の方が上だと思います。『ミノタウロス』(佐藤亜紀)にも匹敵する力作、戦慄の夫婦対決。個人的には『下りの船』の方が好きです。

 というわけで、『妻の帝国』を大切だと思う方にはもちろんのこと、佐藤哲也というと「言葉遊びとナンセンスユーモアの作家」と認識している方にこそ、ぜひ読んでほしい作品です。

 ここで私がこんなことを言っても余計なお世話でしょうが、でも、みんなもっと佐藤哲也さんの作品を読んだ方がいいと思う。そして佐藤哲也さんは、もっと作品を書いた方がいいと思う。


タグ:佐藤哲也
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