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『だいにっほん、ろりりべしんでけ録』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

 「群像でこの三部作を書いた事で私のここでの「任務」は一応果たせたと思う。「イデオロギー」を持ち、或いはイデオロギーに傷を受けた書き手が昔も今も群像を支えている。その中で新しい書き方をこの雑誌のためにしたいと思った。思想それ自体ではなく、人間をゾンビ化させてしまうものを、思想に添付された主体なき言語悪を書きたいと思い、ついに『ドイツ・イデオロギー』批判にたどり着いた。それは飛び移りもつれ合うリゾームさえもうのっとったかもしれない厄介なものだった」(Kindle版No.2965)

 シリーズ“笙野頼子を読む!”第76回。

 代表作の一つ、だいにっほん三部作。その完結編の電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(講談社)出版は2008年04月、Kindle版出版は2013年09月です。

 「おんたこ世界におけるこの二次元評論のもっとも大きな「功績」は少女の二次元化、脱人間化、商品化であった」(Kindle版No.303)

 「三次元の少女には内面などない、内面があるのは二次元のマンガに出て来る美少女だけだ」(Kindle版No.310)

 「女性はただ二次元の少女に同化する以外、何のオリジナリティも感情もないのです。もしあればそれらは全て想定済みの幻想です。社会的諸関係の生んだ迷妄に過ぎない」(Kindle版No.1666)

 ロリコンとネオリベが最悪な形で結びつき、現実の少女を二次元美少女キャラに同化させ、商品化し、消費する「ろりりべ」国家、だいにっほん。はたしてそこに救済は届くのか。

 というわけで、まずは三部作の作者である金毘羅(もちろん)、頭の上に蛇が三つ生えてきます。その正体は、かつて小説の主役をつとめた登場人物たち。20代の桃木跳蛇、30代の沢野千本、40代の八百木千本。それぞれ、グリーンスネーク、レッドスネーク、イエロースネークに変身した彼女たちは、三人合わせて「名の連蛇」、そう、ナノレンジャーとなったのだ。ゆけ、ナノレンジャー。おんたこ地獄から登場人物たちを救済するのだ!

 完結編はそういう話になるわけですが、第一部、第二部を読み通してきた読者なら、このくらいの展開にはついてゆけますとも。

 「近代文学の私小説系統の作家でさえ、頭の上に蛇がみっつ生えているという程度の事は実は珍しくもなんともないのを私は知っている。ただ、それがポップ文化のレンジャー物と連動したイメージになってここに現れ、市場経済の批判と相対化に向かう、或いは近代という通貨の馬鹿光を言葉の闇で半分隠したる、などと言い始める。そんな自覚的方向性は今までの近代文学にはなかったかもしれん」(Kindle版No.34)

 それでも「そうですか」とすんなり納得できないかも知れない読者に対して、まずは『金毘羅』の解説、評論から入ります。

 この第三部、実はそのかなりの部分が文芸評論あるいはそのパロディになっていて、基礎教養がまったく欠如している私にはとうてい理解できそうもない内容が続くのですが、でもまあそれでも頑張って読んで、読んで、読んで、とにかく「あらすじ」だけでも紹介することにします。いやそれ無意味だし、とか言われても、それしか出来ることがないし。

 で、ついにおんたこの深層が明らかに。それは、マルクス&エンゲルス共著『ドイツ・イデオロギー』、通称「ドイデ」。そのフォイエルバッハ批判に、おんたこの原点を見た、と。

 「フェティッシュ信仰が一個の石を拾いそれを崇めるとしたら、金毘羅の目で見た時、そこには自我がある。仏教的自我とは持てるものの自我だ。だがだからと言ってそれを貴族、贅沢な階級の土地所有にだけ根源あるものとして批判出来るだろうか。一個の石を握ってもそれは所有だ。一個の石に守られて私は眠れる。無論ホームレスであれば眠れない人の方が多いだろう。ドイデはそういう事を声高に言う」(Kindle版No.867)

 「ドイデの大声はええとこの坊ちゃんの左翼ぶりっこのように、都合悪くなると「貧乏な人」におんたこ的乗っ取りで寄生して騒ぐ。でもやっている事は支配的な教会や抑圧国家と、変わらないのだ」(Kindle版No.844)

 「やがて、共産主義が現実の経済面で崩壊した。しかしそのあとも、左翼ぶっている、昔と同じ論調の、同じマスコミ哲学の、おかしな人々の存在に私は気づいた。しかし彼らは左翼ではなくて反権力だというのだ。崩壊した癖にまだいるな、と思うとなぜか彼らは昔変だった70年代左翼の批判をしているのだ。加えて今の彼らは左翼でも右翼でもないポーズも取る。その一方、「貧しい人が」みたいなことはやはり我が事のように言い続ける、抑圧的に、人を黙らせるために」(Kindle版No.782)

 「同じなのだ。今も昔もネオリベと言っていても70年代左翼と言っていても感触は同じ。文学は啓蒙の役に立てというけれど、啓蒙するための判りやすさというスタンスが国家そのもので、国家とはそもそも見てくれだけの、インチキな「判りやすさ」なのだ。その上時代が下がってどんどん無知になっている」(Kindle版No.792)

 「どのようなおかしな言語も追求され反論されると必ず売上げ文学論に化けて来るのである。そしてそれがまたあらゆるものに取りついて化ける。「テロの前に」、「食卓の前に」、「ケータイの前に」、「災害の前に」、「貧しい人々の前に」、文学は「届くか」。彼らの「届く」とは数の問題でしかない。「売る」、「届く」。古い共同体の崩壊で芽生えたおんたこは近代国家で流通し世界市場にも出ていった」(Kindle版No.879)

 「通貨、この「平均化したい」、「行き渡りたい」、「良貨を駆逐したい」という存在への信仰からカビのように生えた主体なき言説。この言説の中で育ち、これしか見ず、通貨に身を委ねる人に向けて通貨的な思想をマルクスは放った。それが「交通」なのだ。脳の容量を超えた知識からの逃走、内面を空洞にしてしまう程の肉体の行動欲、それが通貨に生えて近代化したもの、劣化したもの、それがおんたこだ」(Kindle版No.883)

 「四半世紀文章を書いてきてずっと苦しんできた事の原因がこの本一冊の中にあった。(中略)そこを理解するために金毘羅の大学二年からの人生はあり、またこの三部作の二部まではあった」(Kindle版No.890)

 「そもそも作者だって、「あっ、『ドイツ・イデオロギー』変だとわかりましたぁ」と言いたいためにだけ三部作を書いているわけではない。自分の歴史とあわせて一本で自己語りプラス『ドイツ・イデオロギー』。読んでいるうちにここまで書いたかいあってトラウマが溶け、認識を獲得したからそれをまた報告しているという事なのである」(Kindle版No.925)

 金毘羅の語りにより、おんたこの正体と歴史的由来があらかた判明したところで、この先、小説は次第にスピードアップ、ヒートアップ、パワーアップ。様々な声が次々と自己語りを始めます。三部作、いよいよ大団円へ。そうか?

 小説内世界に出動した桃木跳蛇は『レストレス・ドリーム』について、かつてのゾンビとの言語闘争が「だいにっほん」とどのように関連しているかを語ります。そういや、『レストレス・ドリーム』には既にカニバットとタコグルメが登場しているのでした。タコグルメもえらい出世したもんだなあ。

 沢野千本は『二百回忌』について、時間変成と蘇りについて語ります。八百木千本だけはちょっと特殊事情があって、というのも三部作の前日譚に相当する『絶叫師タコグルメと百人の「普通」の男』でウラミズモに亡命した彼女は、その後、断続的な昏睡状態のまま50年そこにいたというのです。

 第二部の視点人物だった埴輪いぶきは、自分が火星人少女遊廓でおんたこに殺されたときのことを思い出し、そのことを火星人落語として語り始めます。

 「笙野の理論が判らない少女だからむしろおんたこ理論には向いている」(Kindle版No.1762)いぶきは、「おんたこの世界に取り込まれた。そしておんたこのコントロールの中で変形して目覚めた」(Kindle版No.1881)。危うし埴輪いぶき。そのとき、遊廓の天井を突き破って下りてきたグリーンスネークこと桃木跳蛇。とまあ、そういう段取りで、いぶきはついに一人称「俺」を取り戻したのでした。

 ウラミズモの密かな庇護下で、『だいにっほん、ろんちくおげれつ記』の書き足し部分を執筆している作中人物たる笙野頼子。それがまた文芸批評家に対する怒りと悪意とイヤミに満ち満ちた激烈評伝で、うっひゃあーっ。ちなみに付録として収録されている、読まず評論家、越え駄目評論家への罵倒、じゃなかった論争文と合わせてお読み頂ければ、と。

 その笙野頼子のもとへ、ついに目覚めた八百木千本がイエロースネークとなって救出にやってきます。こうして、主要登場人物が揃ったところで、ついに始まるみたこ復活祭、そして降臨のときが。

 作者の脳内みたこ天国へ次々と帰天してゆく死者たち。させじと沼から巨大おんたこ出現。習合せよ、ナノレンジャー!

 言語クラッシュ! 蘇り攻撃! ブ・キック! ブ・アタック!

 「習合ナノレンジャーの戦闘レベルはおんたこを完全に制圧した」(Kindle版No.2657)

 とまあ、そういうわけで、純文学論争あたりから続いてきた戦いの、おそらくは最も派手な戦闘シーンを経て、ついに三部作は完結します。だが、これで戦いが終わったわけではない、いずれ第二第三のおんたこが・・・。というか、どこもかしこもおんたこだらけだし、と思った方。大量の付録が収録されていますので、さらなる激闘をお楽しみ下さい。


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